恋人はSP

□きみがいること
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要人警護のSPは体が資本。
寝込むなんて任務中の怪我以外あり得ない。
そのはずなのに…。

39度の熱を出し、桂木に休みを届けでるはめになってしまった。
「疲れが出たんだろう。ゆっくり休め」
桂木は労ってくれたが、仲間に迷惑をかけるかと思うともどかしい。
病院にも行って、処方箋ももらった。
診断は風邪でインフルエンザではなかったのは、安心したが。
何より、明子に心配をかけさせたのが一番、心苦しい。
―熱を出して暫く休みをとる―
とメールしたら、心配で様子を見に来てくれた。
「あまり寄るなよ。風邪が移る」
「自分をバイ菌みたいに言わないでください」
明子は台所でお粥を作ってくれた。
ピンクのクマさんエプロン姿の明子は、カートに乗せたお粥を器によそう。
寝室にはアロマオイルを足らした加湿器が、焚かれている。
「昴さんのお粥には敵いませんけど」
明子に昴はにやりと笑って見せた。
「鼻づまりで味がわからないから心配するな」
「もう!」
昴の体を起こしてやりながら明子が頬を膨らませる。
その顔がやっぱり可愛い。
(つい、からかっちまうな)
熱で体はだるいが、食べなくては治らない。鼻づまりは本当だし、明子も分かっている。
「明子」
「はい?」
昴はちょっと甘えてみたくなった。
「体がだるい。食べさせて」
「……!」
湯気でもでそうなくらい明子の顔が真っ赤になった。
「な?腕が上がらないんだ」
「…い、いいですよ」
顔を赤くしながらも明子は頷いてくれた。
蓮華にすくったお粥に息をかけて明子は冷ます。
それを口元まで運んでやり、そっと食べさせてもらう。
「うん、美味い」
「鼻づまりで味わからないんじゃないんですか?」
器のお粥を冷ます作業をするふりをしながら明子は、恥ずかしさに顔を俯かせた。
「お前が食べさせてくれるのは別」
言ったらもう倒れそうなくらい、あたふたしだした。
「ほ…本当に風邪なんですか?」
「たまには甘えても良いだろ?」
熱でふわふわする視界には、確かに明子がいる。
熱が見せる夢でもないし、幻覚でもない。
(夢…)
食後は薬を飲むだけだが、飲んだら眠くなる。
高熱の時は眠りたくなかった。
高熱を出すと昴は必ず悪夢を見る。
セピア色の世界の嫌な夢。
怖くて不気味な…分かっているのに目が覚めない。
「昴さん、お薬飲んだら横になって下さいね」
食事を終え、洗い物を片付けた明子が湯冷ましをいれた湯飲みを持ってきた。
「嫌だ」
昴はそっぽを向いた。
「え?」
「飲みたくない」
「何、子供みたいなこと言ってるんですか」
「嫌なんだよ…薬を飲んだら眠くなるだろ」
「それは仕方ないですよ」
明子が困惑した顔になる。
怖い夢を見るのが嫌だからと言ったら、明子は笑うだろうか。
「飲まないと治りませんよ?」
「…嫌なものは嫌だ」
まるでだだっ子みたいに昴は薬を飲まない。
「昴さん、眠るのが怖いの?」
明子は昴の両頬を挟むと自分に向けた。
うつる…といいかけた昴の視界には真摯な明子の眼差し。
「…ああ。怖い」
明子にひたと見詰められたら、本音が出た。
「今日はここに泊まります」
「え…あき…」
頬にキスされた。
「側に居ますから、眠って下さい」
明子が笑う。
「じゃあ……寝る」
「ふふ…風邪引いた昴さんて子供みたい」
薬を飲み横になった昴の襟元の布団を直しながら、明子は言った。
「…………」
普段なら反論も出るのに、明子に甘えるに任せた。
額の『アイスのん』を換えてやり、昴の髪を撫でてくれた。
明子が隣にいてくれたら…怖い夢も見ない気がした。
薬が効いてきて、うとうとしながら傍らの明子を見た。
舞台の台本に目を落としていた。
「昴さん、どうかしたんですか?」
視線に気がついた明子が顔を上げた。
「何でもない…寝るよ」
「はい。早くよくなって下さいね」
「ああ…」
明子に微笑んで昴は目を閉じた。
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