恋人はSP

□桜姫
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都内某所、夜の桜並木を昴と明子は歩いていた。
「部活の後で疲れてないか?」
昴が問うと、明子は首を横に振る。
「それは昴さんの方じゃないんですか?」
「夜桜見物に誘ったのは俺だ。疲れてるなら誘ったりしない」
「私は、昴さんのお誘いなら絶対行きます」
昴を見上げ、明子は嬉しそうに笑う。
「俺の誘いだから、か」
「はい」
「あまり、可愛いこと言うな」
昴は明子の髪をそっと撫でた。
仕事終わり、昴は明子に会えないかと、メールを入れていた。
彼女が部活で大学にいても、家へ帰っていても、桜が満開の今を明子と見たかったからだ。
付き合いはじめてから、満開の桜を明るいうちに一緒に見たかったが、仕事上それは叶わない。

明子は部活で大学に残っていた。

仕事終わりの足で車を大学へ走らせ、明子を迎えに行ったのだ。
人工の灯りに照らされた夜桜は、春風になりきれない夜風に静かに揺れていた。

明子と会う前にも、夜桜を見た。

大臣の警護で地方に同行した時だった。
その桜は人工の灯りも少ない河原沿いに咲き誇り、夜空に凛と輝く満月に照らされていた。
あの夜桜の美しさは、今も鮮明に記憶されている。
大都会の夜桜にはない、自然体の美しさだ
った。
「こうして、昴さんと桜が見られて嬉しいです」
隣を歩く明子は、嬉しそうに笑う。
「明るいうちの桜も良いけど、夜桜もいいですよね」
夜風に髪を揺らし、明子は桜を見上げた。
「前に、警護で行った先の地方で見た満月の夜桜は都会のとは、また違うぞ」
と言って、昴は自分の言葉に苦笑いした。
明子は、祖母と田舎で暮らしていたのだ。
地方の夜桜の良さは、よく知っているのに。
「そうですね。でも、この夜桜は都会でしか見られない良さがあります」
素直に明子は、感想を口にする。
「その土地にあった咲き方があると私は、思ってます」
「なんだよ、やけに語るじゃないか」
「夜桜のおかげかもしれません」
二人で顔を見合わせ、笑いあった時だ。
ざあと夜風が強く吹いた。
幾億もの桜の花びらが二人の間で舞い踊る。
「わぁ…綺麗」
桜吹雪に包まれる明子に、昴は魅了された。
とても、綺麗だった。
「これだけすごいと、花吹雪にさらわれてしまいそう」
「…そう言うか?」
「え?」
明子の腰に手を回すと、強く自分の方へ抱き寄せた。
「昴さん?」
「明子が花吹雪にさらわれないように、こうしてやる」
「私は、さらわれたりしません」
夜とはいえ、どこ
に人の目があるやら。
明子は、自分の背中と腰に回された昴の腕の中で、もがいた。
「花吹雪じゃなくても、誰かに連れていかれそうだ」
花吹雪に囲まれる明子は綺麗過ぎて、昴は訳もなく不安と嫉妬が込み上げていた。
「変なこと言ったから、お仕置きだ」
「お仕置きって…」
明子の顎に指をかけ、上を向かせると昴はその唇を塞ぐ。
「んっ…」
肩に触れた明子の手が、ぎゅっと握り締められた。
「昴さ…ここ、道の真ん中…」
僅かに唇が離れ、明子が抗議する。
「何だって?」
昴は構わず、深く口付ける。
「ふ…んっ」
明子の甘い吐息と声に、ますます昴のキスは強くなる。
やがて、強張っていた明子の全身から力が抜けていき、昴に身を委ねてきた。
「どうした?まさかキスだけでイったとか?」
耳元で甘く囁くと、明子はぼうっとした瞳で見上げてきた。
「昴さんの…意地悪」
「お仕置きだって言ったろ」
これが自分の部屋だったら、間違いなく朝まで可愛がっていたのに。
上気した顔、潤んだ瞳が、昴の男を強く刺激してくる。
「お前、その顔反則」
熱を帯びた瞳で明子を見つめると、明子も見つめ返す。
「私、どんな顔してるの?」
「教えない」
「も…意地悪」
キスの熱に浮かされた明子の、拗ねたような顔がまた、たまらない。
(この表情を見ても良いのも、俺だけだ)
昴は何も言わず、唇を寄せる。
唇を重ねあう二人を、夜の桜吹雪が流れていった。
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