恋人はSP

□桜姫A
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会議が一時休憩となり、議員達が銘々休憩に入る。
昴と海司も、交代で短い休憩を取ることになった。
昴が先に、海司が後、という運びだ。
「よう、一人で議員の警護も大変だろ」
秘書と話をする父親を見守る慎之助に、昴は声をかけた。
「あ―お疲れさまです」
慎之助は昴に敬礼した。
「一柳警部補殿でありますね。お話しできて、光栄です」
「俺は有名人か?」
昴は苦笑いする。
「父にいろいろと教え込まれ…あ、いえ警察官として当然であります」
「―お前、良い奴だな」
慌てて言い直す慎之助に、人の良さを感じ昴は微笑する。
父親とは似ても似つかないようだ。
好青年。
誰が見ても、そう思える。
「見ない顔だが、SPに配属されたばかりか」
「はい。慣れないことばかりで勉強の毎日です」
「何事も経験だからな。どこの班に所属しているんだ」
「神野俊哉警部の班に所属しています」
「神野班か」
桂木より3つ歳上の、実直を絵に描いたような男を昴は思い浮かべる。
…水嶋加菜恵の属していた班であったことが調査で判明し、彼もメンバーも事情聴取を受けた。
水嶋の抜けた穴埋めに、坂井慎之助があてがわれたのだろう。
「…班長には迷惑をかけてます」
慎之助が
ぼそりと言った。
「俺があの人の警護に着く事で、班のシフト体制も違ってきてしまうのに」
警察上層部に、顔の効く者がいるのだろう。
昴は、それを口に出しては言わなかった。
「父は、俺が警察官になったのが気に入らないんですよ」
苦い顔で慎之助は言う。
「だから、坂井の名前が嫌でも聞こえる政界に警護と称して連れ回すんです」
「やり方が無茶苦茶だな」
「祖父の威光ですよ。でなければ、父の申請なんて通りません」
慎之助は少し苛ついているようだった。
「威光と言えば総理の…」
そこまで言って、慎之助は慌てて口をつぐんだ。
昴は、彼が何を言わんとしたか察する。
平泉が娘のプライベートにSPを着けると、議員達が陰口を叩いていた事がある。
慎之助が口をつぐんだのは、昴が総理の警護を担当する桂木班であることを、思い出したようだ。
「すみません。初対面の相手にいろいろと失礼を。自分は仕事に戻ります」
昴に敬礼し、慎之助は坂井の下へ戻っていった。


昴は家名や父親の事を重荷と思った事はなかった。
というよりも、連なる名家との交流や財界と関わっていると、考え方がその道に添うようになっていくのだろうか、違和感は覚えなかった。
時間も
年月も、ただ生きていく為に消化しているに過ぎなかったのに、明子に会ってそれは意味あるものに変わった。
彼女に会わなかったら、昴はただズルズル生きていただろう。
家名や政界の重鎮の孫というだけで、その道を強要されるのは、慎之助の本意ではないし押し付けられたくもないはずだ。
今の昴だから、そう思えるのだった。


仕事を終えて昴が明子の部屋に帰ると、明子は夕飯を作って待っていてくれた。
「お帰りなさい、昴さん」
「起きてて大丈夫なのか?かなり遅くなったのに」
明子の笑顔にホッとしながらも、体の方を案じてしまう。
…自分がやったのだから、余計に…。
「先に寝るなんて、できません」
明子は、焼魚と小芋の煮物等を温め直して、昴が着替えて戻る頃にはテーブルに並べている所だった。
「和食、随分様になってきたな」
昴は感心する。
日に日に、明子の料理の腕前は上達していた。
盛り付け方も、見違える。
「昴さんのスパルタのおかげです」
明子は、感謝の表情を浮かべる。
その後、ぽつりと呟いた。
「もっと上達して、良い奥さんになりたいな…」

「なんか言ったか?」
「な、何でもないです」
と言うものの、明子の顔は真っ赤だ。
「なんだよ、気になるじゃないか」
「ホントに、なんでもないんです」
「ふーん」
昴はテーブルに着く。
「じゃあ、飯の後でじっくり問い詰めてやる」
「昴さん!」
困った顔の明子に、つい昴は吹き出す。
「あ!私の事、からかったんですね!酷い」
今でに会った女の中で、こうも感情表現豊かな女はいなかった。
この日の食卓は、いつになく賑やかだった。

一方、総理公邸では平泉が困った顔をしていた。
「警察上層部からの以来も、厄介だな」
平泉は窓から見える公邸の庭を一人眺めるのだった。
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