恋人はSP

□きみがいること
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セピア色の世界。

音の無い世界。

波の無い海原の情景。
その海原の真ん中に昴は一人居た。
(これって…)

高熱の時に見る、抜け出せない悪夢…。

体が熱い…。

―僕を見るな―

びくっと音無き声に昴は震えた。

―僕をみると―

気がついたら狭い船の一室に居た…。

後ろに誰か居るのに…そっちを見れない。

―僕が怖いぞぉ…―

昴は恐怖で部屋から飛び出した。
だが、音無き声は昴を追ってくる。
それは朽ちた看板の形になって、目の前に突き立った。

昴は目を開けたかった。
夢だと分かっているのに、目覚められない。
体は熱くて、苦しくて、怖くて、叫びたかった。
部屋を飛び出しても世界はセピア色の世界、セピア色の海原。

恐怖が、昴を侵食してくる。

怖い。

怖い。

怖い。

体は熱くて、苦しくて、もがいても何も掴めない。

―僕を見るな―

(来るな!来るな!来るなあっ!)

―僕を見ると―

音無き…姿無き恐怖。
―僕は怖いぞぉ―

船から出られない。
セピア色の海原にも飛び込めない。
すぐ側に、怖い存在が来ているのに。
(こわ…い)
体が熱くて、熱くて。
(怖い…助け…)
すがるように海面に伸ばし
たその手を誰かが掴んだ。
「大丈夫!?」
女の人の声。
(だ…れ?)
「昴さん!?」
その声に引っ張られるように昴の意識はセピア色の世界から覚醒した。

びくっと体を震わせ昴は目を開けた。
荒い息を繰り返す昴の視界に、泣きそうな明子の顔が映った。
「あ…きこ…」
昴の手を握りしめた明子の目から涙が溢れた。
「…昴さん…良かった」
涙を拭わず明子は昴の手を自分の頬に触れさせた。
「急に苦しそうにしだしたから…良かった…目を覚ましてくれて」
「あき…こ…だよな」
「…うん…分かる?」明子は自分の頬に唇に昴の指先を触れさせた。

「ああ…明子だ…。俺の女だ」
「うん…うん…そうだよ…」
セピア色の世界じゃない…理解したら昴は明子を抱き締めていた。
「すば…」
「明子…怖かった…怖かった!」
ぎゅうっと明子を胸に抱きしめる。
「俺…熱出すと必ず怖い夢見るんだ」
目尻には涙が滲んでいた。
「だから寝たくなかった」
「昴さん…」
「明子…また寝たら怖い夢を見る…寝たくない…」
昴は眠るのに怯えていた。
「なら、一緒に寝ましょう?」
「…風邪がうつるから駄目だ…」
明子が抱きしめ返してきた。
「一緒に寝てあげてたら怖い夢見
なかったかもしれないよ?」
「……」
「湯冷まし持って来るから、水分とって、一緒に寝よう?そうしたら怖くないよ」
明子が湯冷ましを取りに行って帰ってくる間も、夢の怯えが消えなかった。
「あ、着替えもしなきゃ…昴さん、汗かいてるし」
湯冷ましを持ってきたと思いきや明子は今度は昴の着替えを用意しだした。
「汗かいてるんだから着替えなきゃ」
「…うん…」
夢の反動か昴はおとなしく水分を補給し、着替えをしようとしたが…。
「明子…」
「何?」
昴は明子をベッドに引っ張りこんだ。
「昴さ…?」
「怖い…」
「え…」
「このままでいてくれ」
明子の速い心臓の鼓動が聴こえる。
「着替えてからにしよう?」
「やだ…」
泣き声になるのを止められなかった。
「嫌だ…このままでいてくれ!」
セピア色のあの夢を絶対見ないなんて保証は無い。
「昴さ…?んふっ!」
風邪を引いてる…でも悪夢から逃げたくて明子の唇を吸っていた。
「ん…あっ」
眠らなかったらあの悪夢は見ない。
だから…。
明子の首筋に唇を這わせながら、手は胸をその下を愛撫しだした。
「や…め…っ。はあっ!」
逃げたくて眠りたくなくて…。
明子の官能的な声に逃げたかった。

昴さ…ん、こんなの駄目…」
明子が懇願する。
「落ち着いて…ね?」
優しく昴の髪を頬を撫でる明子に、段々頭が冷静になる。
「凄く怖い夢何ですね?…眠るのが怖いくらい」
「あ…悪い!俺っ」
慌てて体を離すと、明子は怒らず笑ってくれた。
「熱出たとき見るんだ…すごい、怖くてさ…」
「昴さん…」
「…いい歳して悪夢が怖いとか可笑しくないか?」
「どうして?」
明子は乱れた髪をそのままに、首を傾げた。
「怖い夢見たのに…可笑しいとかないよ」
昴を抱き締め、背中をさすってくれた。
「怖い夢を見たらまた起こしてあげるから…ね?」
明子の笑顔が、昴に安心感をもたらした。
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