眠らぬ街のシンデレラ

□玉兎の夜
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そして、約束の週末の日。

私は、タクシーの中で焦っていた。

次の記事の取材に時間を取られ、会社に戻った時には辺りは暗くなっていた。
しかも、タクシーが渋滞につかまってしまい、更に遅くなりそうだった…。
「そうだ!」
バタバタしていて、遅くなりそうだと、廣瀬さんに連絡を入れていなかったのを思い出した。
廣瀬さんの番号にかけると、2回のコールの後「よお」と廣瀬さんの声が聞こえてきた。
「廣瀬さ…」
「連絡しようって思ってたとこだ。仕事が長引いたのか?」
…きっと皆を待たせてる…。
私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「はい…取材の時間が長引いてしまって…」
「今どこ?」
「タクシーの中です。渋滞でそちらに着くの、遅くなりそうなんです。私に構わず始めて下さい」
「そっかぁ…迎えに行けば良かったな」
「…な!?」
廣瀬遼一が私の会社まで来たら、大事件だよ!。
「冗談。俺がそっちまで行ったら、大事件だろ」
「あ…当たり前です」
私…なんで驚き半分、嬉しさ半分なんだろ。
「分かった。皐月さんや悠月達には明菜は遅くなるって、言っとくよ」
「すみません…」
「仕方ないって。じゃ、また後でな」
「はい」
電話を切る
と、私は皆に申し訳なくて胸が痛くなった。
車内から見上げた夜空に、満月が輝いていた。
大都会の夜空なのに、珍しく綺麗に見えた。

やがて、タクシーはサンドリオンに到着する。
私は会計を済ませると、サンドリオンに駆け込んだ。
VIPルームに急いでいた私は、誰かにぶつかった。

絨毯の敷き詰められた床に、私は派手に転んだ。
その弾みでかけていた眼鏡が外れ、絨毯の上に転がった。
「すみません、大丈夫ですか?」
ボヤける視界にスーツを着た20代くらいの青年が映った。
てっきり罵声でもくらうかと思ってた私は、却って戸惑った。
「いえ…私も急いでいたので」
青年は、私に手を差し出してきた。
「…?」
「掴まって」
おずおずと手を差し出すと、彼は私を助け起こしてくれた。
「申し訳ない」
頭まで下げて来られて、私は慌てた。
「そんな、頭を下げるのは私の方で…」
とやり取りしていたら、
「おい!哲哉様に何をしている!」
50代くらいの男の人が、ずかずかと歩み寄ってきた。
「いったいどこの平社員だ?軽々しく哲哉様に―」

―ばき―

と、軽い嫌な音がした…。
「ん?」
「―あ!?」
私は男の拾い上げたものに目を凝らし、そして声を
上げた。
「私の…っ」
私の眼鏡は踏み壊されていた。
「貴女のものですか?」
「じ、事故ですから仕方ありません」
私は、急いで男の人から眼鏡を受け取った。
当の男の人もばつが悪そうにしている。
「僕がぶつかってしまったから…」
「いいえ、これは事故ですから気にしないで下さい」
皆との約束もある。
私は、一礼してすぐにその場を去ろうとした。
「待って下さい」
「…あの…私、急いでいますので…」
「松城、僕のバッグを」
松城と言われた男の人は言われるまま、バッグを差し出した。
青年は中から用紙を取り出すと、何やら書きこんだ。
「これで弁償になるとは思わないけど」
差し出されたのは、小切手だった。しかも、金額が!
「…お気持ちだけ、頂いておきます」
「しかし、弁償しないわけにはいきません」
「眼鏡一つ買うのに、こんなに要りません」
青年は、私をまじまじと見つめてきた。
「余ったら、好きなものを買って構いませんから」
「ありがとうございます。でも、これは受け取れません」
私は、きっぱり断った。
この人の善意だろうけど、甘えてはいけない。
「人を待たせていますので、失礼します」
お辞儀して、颯爽と去ろうとしたけど、視界
がぼやけていてよたよたした歩き方になっていた。
―カッコ悪い…―

「わ!」
足がもつれて、転びそうになった私は、後ろから抱き留められた。
「あ…」
さっきの…人。
「見えないんですか?」
「…まぁ、その」
「待ち合わせはどちらですか?お連れしますよ」
って、そこまでしてくれなくても、いいんだけど…。
それにしても顔が、すごく近い…。
かなりのイケメン…。
「哲哉様!お時間が」
「松城、打ち合わせには遅れると伝えてくれ」
「しかし…」
松城さんの様子からして、大事な仕事が待ってるみたい…。
「あの…私は、大丈夫ですから」
というか、私この人の腕の中のまま…。
「―すみません、連れがご迷惑をおかけしたようですね」
そこへ聞こえてきた廣瀬さんの声。
ボヤける視界には、男の人だろうくらいしかわからない。
けど、声は廣瀬さんのもの。

近づいてきた廣瀬さんの顔が。


…とても怒っていた。
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