王子様のプロポーズ2

□二人のアヤカ
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別室で綾香は、ロイドに冷やしたタオルで腫れた頬を冷やしていた。
「痛みはございませんか?」
気遣うロイドに、綾香は頷いた。
部屋の隅ではセフォン家当主、クルードが肩身を狭くしたまま、しきりに額の汗を拭っていた。
「俺の記憶違いかな?シャンティア嬢が誰かを罵るなんて、ショックだよ」
眉を潜めるヘンリー王子の声に、クルードの顔に更に脂汗が滲む。
「財界に、綾香をよく思わない者がいる事は承知だったが、彼女のあれが本性?」
青い瞳は凍てつく冬の海のように、暗く冷たい。
「殿下、娘のしでかした事は全くもって…」
「長い言い訳も謝罪も結構」
短くヘンリーは、ぴしゃりと言い放つ。
クルードは、大の大人が情けないくらい縮こまってしまった。
「セフォン家とはこれからも良好な親交を続けたい。躾をきちんとすることだ」
「ヘンリー様…」
綾香が申し訳なげに、ソファーから静かに立ち上がった。
「あまりご当主を叱らないで下さい」
ロイドが濡れタオルを受け取った。
「シャンティア様は、ヘンリー様をお慕いするからこそ、私に…」
「君以外を選ぶつもりは毛頭ない」
最後まで言わさず、ヘンリーは綾香を見る。
「彼女との縁は、セフォン家との親交だけだ。それだけ」
綾香の傍らのロイドも、静かに頷く。
「このまま帰っても良いけど、それでは後々しこりになるからパーティーには出席するよ」
クルードは、脂汗をかきつつ安堵の息を吐いた。
「ただし、綾香はもう帰ったほうが良い」
「どうしてですか?しこりを残さない為なら私もいたほうが良いです!」
「腫れた顔じゃあ、無理だよ」
ヘンリーはきゅっと唇を噛んだ。
「俺だってさっさと帰りたいけど、王子だからね」
「ヘンリー様」
綾香は申し訳なさでいっぱいになり、俯いた。
自分が感情的にならずに、黙っていれば良かったのだ。
「綾香、君は俺が選んだプリンセスだ。自信を持って」
ヘンリーが腫れていない方の頬に手を添えた。
「誰が何と言おうともね」
顔を上げると、柔らかく笑うヘンリーの顔があった。
「ヘンリー様…」
「そんな顔しないで、綾香」
ヘンリーはロイドに視線を移す。
「ロイド、綾香をフィリップ城まで送ってくれ」
「かしこまりました」
何も問わずロイドは恭しく、主に一礼する。
「気をつけてお帰り」
綾香はそれ以上食い下がれなかった。
ヘンリーと、クルードに一礼しセフォン家を後にしたのだっだ。

フィリップ城へと走るリムジンの中で綾香は、自分のとった行動を反省していた。
いくら我慢の限界とはいえ、堪えるのがプリンセスとしての行いではなかったのか。
城へ帰れとヘンリーには言われてしまうし。
顔を腫らした以前に、自分が居てはパーティーが台無しになるからではないだろうか。
「綾香様、そのように暗い顔をなさらないで下さい」
気遣うロイドの声に、綾香ははっと顔を上げた。
ルームミラー越しに、自分の落ち込む様が映っていたのだ。
「ヘンリー様なりのお心遣いですよ」
ロイドは優しく笑う。
「貴女がセフォン家のご令嬢に意見申し上げたのは、よほどの事であるとご推察致します」
「ロイドさん」
「畏れ多いとは存じますが、ヘンリー様も私と同じお考えかと」
綾香は、力なく笑う。
「私、つもりなのかもしれません」
「つもり、とは?」
「ヘンリー様に、王室に恥ずかしくないように、頑張ってるんですけど…頑張っているつもりでしかないのかも」
「本気でおっしゃっているのですか?」
赤信号になり、車が止まる。
「財界の方々から見たら、まだまだなんですよ」
「綾香様、ヘンリー様の友人としてご意見申し上げます」
ロイドの声は固い。
「貴女はヘンリー様が選んだ唯一のお方。それは真実です」
信号が変わり、車が発進する。
「ヘンリー様も貴女が頑張っているのをよくご存知です。私も承知いたしております」
黒い瞳が優しく笑っていた。
「ありがとうございます、ロイドさん」
綾香は、ロイドの気持ちが嬉しくて暖かい笑顔になる。
「…悔しいですね」
一度は想いを寄せただけに、ロイドは複雑だった。
「え?」
「…あ、いえ…ヘンリー様がお帰りにならた際には、その笑顔でお出迎えしてくださいませ」
ロイドに綾香は頷いた。
綾香を送ったリムジンがセフォン家へ戻るのを見送ったあと、綾香は自室へ戻り着替えを済ませて、頬に大きな湿布を張った。
「メイドさん達に見られたら恥ずかしいな」
救急箱を片付け、ベッドへ倒れ込む。
「物心ついた時からの積み重ねと、つい最近始めたのじゃ、やっぱりわけ違うよね…」
ロイドに励まされたばかりだが、また落ち込む。
焦ってもどうしようもないのだが、ヘンリーを慕っている女性達からすれば、見苦しい事この上ないだろう。
「はあ〜」
綾香は、一人ため息は吐いた。

気分転換に綾香は、フィリップ城の庭の散歩に出た。
中庭ではない、広大な庭園だった。
季節の花が咲き、芳香が風に乗って綾香の体に染み渡る。
「改めて来ると、すごい広さ」
ふと、見慣れないアーチ状の門扉が目に止まる。
「ここって、なんだっけ?」
首をかしげつつも、綾香は、伝統を感じさせる扉に手を添えた。
と、きしりと音を立てて扉が開いた。
「開いた…」
一歩入り、綾香は息を飲んだ。
物語にでも出てくるかのような、美しい庭。
「うわあ」
感動していた時だった。
「何者か!」
鋭い女の声と共に、幾人かの制服を着た女達に綾香は囲まれた。
「え?ええ?」
「このお庭は、限られた方々しか入る事を許されん!」
「あ、あの私は」
「騒がしいけど、どうかしたの?」
おろおろする綾香と取り囲む女達に、穏やかな女性の声がかかった。
はっとする彼女らの前に現れたのは、1人の老婦人だった。
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