創作

□凍った桜
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約束の場所で彼を待っている。


すぐそばに止められていた手押し車がカタリ、と寒々しい音を立てた。


ただでさえ寒いというのに。


「ーっ」


白い息が手に降りかかる。


なかなか彼はやってこない。


私はずっとずっとここで待っているというのに。


彼はもう、あの約束を忘れてしまったのだろうか。


「…」


それでも、私は待つだけだ。彼を信じているから。


またひとつ、ふわりと白い息が舞い上がった。









今日も私は彼を待っている。

足元の土には霜が降りて、きらきらと輝いていた。




パキリ、




ふいにすぐそばから音が聞こえた。


「っ?」


おどろいて辺りを見回すと、すぐそばに湖があることに気付く。


その湖面に張った氷が音を立てたようだ。




パキリ、パキリ、




再度音が響く。


寒さでかすんだ瞳を必死に開き、目を凝らしてみると、




パキンッ




氷に丸い穴が開いた。


「!」


その穴から何かが浮き上がってくる。


どうやら透明なガラスの小瓶のようだ。


あわてて手を伸ばす。


何とか掬い上げることに成功した。


「…」


かじかんだ指先で四苦八苦しながら、ようやっと小瓶の栓を抜く。


中には丸められた白い紙。


広げて中身を確認してみる。


「久しぶり。君は元気で暮らしているかな。


僕は、今でも目を閉じれば、あの頃の君の姿が目に浮かびます。


君を抱きしめたときの感触も。」


これは紛れもなく彼の筆跡。


ぽたり、と水滴が紙の上に落ちた。


「君との日々はとても幸せでした。


君はあの日の約束を覚えている?


もし覚えていてくれたら」


そこまで読んだとき、かすかに風が首筋を通り抜けた。


はっとしてふりむくと、



そこには彼が立っていた。


ひたすら待ち焦がれた彼が。


「」


私は彼のもとに駆け寄ろうとした。


が、どうやら足は凍りついてしまったようで動かない。


それならば、と手を伸ばそうとしてみる。


けれど、腕も凍ってしまっているようだ。鋭い痛みが走った。


すると、彼は見かねたらしくこちらへと駆けてくる。


私が無理をしようとしたのに気付いたようだった。苦笑している。


なんて優しい人なのだろう。


私の一番大切な人。


せめてあなたに「ありがとう」と言いたい。


そう思い、口を開こうとして、それもできないことに気が付いた。


どうして、こんなにも彼のことを想っているのに、伝わらないんだろう。


私は自分の身体を呪った。


と、そのとき


「伝わっているよ…」


彼が私に向かって囁いた。


そして、そのまま両手を広げ、私を抱きしめる。


そうか、よかった。伝わっていたんだ。


暖かな想いが広がる。


彼の言葉から、腕から、吐息から。


やっと安心して、私は彼の腕の身を任せる。


不意に視界の端を、桜の花びらが通り過ぎたように感じた。


「約束、叶えにいこう?」


彼がつぶやく。



『生まれ変わったら、二人で桜を見に行こうね』



いつか交わしたそんな約束を、今度は必ず叶えよう。


どちらからともなく私たちは頷いて、



そうして、静かに、息を止めた。







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