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□ばいばい、また明日ね
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(死ネタ)

人の命なんて儚いものだと思う。例え前日どんなに元気てあろうと、次の日ぽっくりと逝ってしまうことだってあるんだから。いつ死ぬのかわからない、でも死ぬのがわかっていたら。人は死を恐れないのだろうか。




□■□




「やあやあ竹中くん、今日も見舞いに来てあげたよ」
「僕は別に頼んでなんかいないんだけどね」

半兵衛に持ってきた果物と小さな花束を枕元の台に置く。半兵衛はうっとうしそうな顔で私のことを見ているが、毎日こんな顔をされていればいい加減慣れるというものだ。

「君って本当に暇人なんだね」
「いやあそれほどでもー」

あははと頭をかく。褒められている訳ではないことなんて元より承知だ。彼は毒舌でドSだからこのくらいの扱いなんて普通だ。むしろ普通よりはいいほうだ。初対面であろうとこの男は笑顔で罵倒することがあるからなあ…。恐ろしい幼なじみだ。こんな彼にほぼ毎日見舞いにくる私ったらどんだけ優しいの全く。一人うんうんと頷いていると半兵衛はこちらを一瞥し、読んでいた本に再び目を落とした。この野郎、馬鹿にしたな今。

「よく毎日僕のところに来る気になるね」
「まあ、私たち幼なじみじゃないか。幼稚園から大学までずっと一緒だったんだからこれからも一緒にって思って」
「…ごんべえの思考回路がどうなっているのかわからないんだけど」

やれやれといったように首を振る半兵衛。あ、このヤロウ私が馬鹿だってまだ言いたいのか。そう、半兵衛とはずっと一緒だっ。別に幼なじみってだけで付き合ってるわけでもないのに。日常の会話はもちろん悩み事相談したり、別れた時も話を聞いてくれたし、私自身も半兵衛の愚痴を聞いたりすることも多々あった。それが普通に感じているんだけど、周りはやれ付き合ってるだの熟年カップルだのと囃し立てる。半兵衛はなんら気にすることはなかったみたいだけど。

「今日はいつもに増して毒が多い気がするんだけど半兵衛くんよ」
「気のせいじゃないのかい」
「いやいや、確実に増し増しだよ。毒大盛りみたいな」
「それじゃあ死ぬじゃないか」
「あ…っ」

しまった。咄嗟に口を抑える。そう、半兵衛は不治の病を持っている。それにずっと入院していてもうろくに外に出ていない。というかもう出れないのではないだろうか。彼が元気でもその裏で病は確実に半兵衛を蝕んでいっている。確かもう−

「余命一ヶ月。それを宣告されたのはもう半月以上も前だ。あと一週間と少しで僕は死ぬ」
「…ごめん」
「何故謝るんだい?別に僕は構わないよ」

そう言ってくすくすと笑う半兵衛。こんなに元気に見える人が、もうすぐ動かなくなるだなんて嘘だ。俯いて唇をきゅっと噛む。

「気にしないでごんべえ。僕は気にしてないから」
「でも、さ。…やだな、私は聞きたくない」

半兵衛がいなくなるなんて。今まで一緒にいた幼なじみ。でも死ぬときはやっぱり違う。それにしても神様はひどい。まだ半兵衛は若いしもう少し待ってくれたっていいのに。こんなに早く、連れていくことないのに。静かになる病室。重い空気がずっしりと私の肩にのしかかる。これ以上いても邪魔なだけだろう、と帰り支度をする。

「…うん、ごめんねこんな空気にするつもりじゃなかった」
「一人で勝手に落ち込むのはごんべえらしさだし、流石に慣れたよ」
「うっ、何も言いかえせない…」

おかしそうに口を手で押さえて笑う半兵衛。そんなに暗い私が面白いか。でも半兵衛が楽しそうにしてるのは好きだ。私もつられて笑う。ひとしきり笑ってから帰るために扉に手をかける。

「ばいばい、また明日ね」
「うん。帰り道は気をつけたまえ」
「ありがとー」

そう言って病室から出る。いつもお決まりでまた明日、と言う。また明日も会えるように。一日でも長く君と話せるように。明日は何の花と何の果物を持っていこうか。




□■□




次の日また私は半兵衛の病室を訪れた。今日なんだか浮かない顔をしている。どうしたんだろう。

「どうしたの半兵衛。今日元気ないね」
「…僕だっていつも元気って訳じゃなんだよ」

そういう半兵衛は辛そうだ。病状が悪化したんだろうか。やっぱり半兵衛は病人なんだと実感する。それと共に心臓の鼓動が早まる。もしかしたら今ここで最後なんてことが…

「あるわけないだろう、ただ今日はいつもより気分が優れないだけだ」
「ホントに…?大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ。心配かけて悪かったね」

そう言うと半兵衛が体を起こしてこちらを見る。無理してる感じしかしないんだけど。余命一週間。その言葉が頭の中でぐるぐると回る。

「君は本当に飽きないよね。昔から僕の側にいて」
「飽きるわけないじゃない。いつも側にいたからこそ、だよ」
「ふふっ、そうだね。僕もごんべえといてつまらないと思ったことないよ、見てて面白いからね」
「…それは私が馬鹿な行動をしているからと言いたいんでしょうか」

一言余計な褒め言葉をいただいた。一言、たった一言だけが余分なんだよ半兵衛くんよ。くすりと笑った半兵衛と目線が合う。顔色が悪い。でも無理して隠そうとしているのだろうか、口調も、雰囲気もいつもと変わらない半兵衛で。落ち着くっていうかなんていうか…

「そういえば、君に渡したい物があるんだよね」
「えっ、何?ゴミ捨ててきて欲しいなら、思わせぶりいらないよ?」
「…うたぐり深いね、ごんべえは」

そういって引きだしから何やら包装された物を取り出す。なんだろう、貰い物いらないからあげるとかやめてくれよ。少しの期待と多大な不信感でどきどきする。

「はい、帰ったら開けてね」
「何これ軽い…気になるんだけど」
「今はダメだよ、待て、ごんべえ」
「私は犬じゃないぞ」

渡された包装された箱のような物はとても軽い。ゴミ、じゃないだろうな。開けたい気持ちをぐっと堪えて箱から視線をそらす。

「ありがと。どうやって買ってきたの?」
「あぁ、秀吉に買ってきてもらったんだ」
「なるほどね…」

じゃあまじてプレゼントか。なにそれ嬉しい。あの鬼畜なドS毒舌半兵衛が私にプレゼント…なんかあるな。そんなことを考えていると半兵衛が私に手招きをする。なんだろうと顔を寄せる。近くないか、かなり近くないか。まだか、耳元での罵倒は勘弁願いたいんだけど。すると口元に柔らかい感触がした。冷たいような暖かいような。適温?よりも少し低い気が。そんなことよりいやいやいや、今の何?目の前には半兵衛の顔。今だ口元に当たっているそれは−

「〜ッ!」

顔に熱が集まる。半兵衛が、半兵衛がキスしてる。夢、じゃないよね。これは現実なんだよね。半兵衛が唇を離す。ゆっくりと開く瞼がすごく色っぽい。女より女っぽいしな。

「本当は唇にしたいんだけどね、それは危ないかな」
「は、あ…っ」
「ふふっ…可愛いね」

寂しそうに私の唇を撫でる指がくすぐったい。何か喋ろうとしているのにうまく言葉にできない。だんだんと辛さが表情に出てくるようになった。相当辛いのだろう。眉間にシワを寄せて唇を噛み締めている。ナースコール、そう思って手を伸ばすがそれは阻止される。

「ちょ、はんべ」
「これが…っ最後かもしれないんだ、だからっ…ごほっ」
「でもっ早くお医者さん呼ばなきゃ…!」
「ごんべえ、…ずっと前から…っ…君のこと、好きだった…っげほっ」

へ、一瞬時が止まる。しかし半兵衛が苦しそうなのを思いだしすぐさまナースコールを押す。すると慌ただしく看護師さんと医師の方が入ってくる。私はそそくさと帰った。帰り道苦しそうな半兵衛と好きだったという言葉を繰り返し思い出しながら。

次の日病室へと向かうと面会謝絶の札がかかっていた。また次の日も。そのまた次の日も。行っては帰り行っては帰りの日々を繰り返す。そしてあの日半兵衛に貰った箱をまだ開けていないことに気づく。一体何をくれたんだろう、と箱を開けると銀色に光る指輪が入っていた。

「綺麗…」

でもこの指輪をくれた日のことを思い出し心がきゅっと締まる。苦しそうな顔をしていた彼は、あのあと面会謝絶が続いている。まだ、返事もしてないのに。私も、好きだよって、言ってないのに。それに病室を出るとき恒例の言葉だって言ってない。早く、会いたい。そう思いながら指輪をはめる。すると電話が鳴る。急いで受話器を取る。

「…え、」

半兵衛が亡くなったとの電話だった。相手が言っていることを理解したくなくて、そのあと何を言っているのかわからなかった。死んだ、半兵衛が、もう会えない、伝えてない私の気持ち。いつの間にか切れていた電話が落ちる。その場に崩れ落ちた体と溢れ出る涙。私は声をあげて泣きじゃくった。左手の薬指にはまっている指輪が虚しく光を反射していた。






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せつないの難しい

(2012.03.04)


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