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□勝てる気がしない
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我には捨て駒がいる。それはとてもうるさい捨て駒が。どうして我などに付き纏えるのかわからぬ。いつも我の側にいて喋る、喋る。たまに家に上がり込んでは居座ってくることもある。今日もまた、ちょうど今走ってきている。

「元就さまっ!」
「…」
「元就さま、おはようございますっ今日は晴れていますね、にちりんりん輝いてますねえへへ」
「…」

とてつもなくうるさい。マシンガントークというやつであろうか。我が一言も話さずとも喋る。大抵ここで話しかけることを諦めるのだがこやつだけは違う。いつまでも続けてくる。そして我が喋ってしまう、我ったら迂闊。つい口が滑る。だから今日こそは、今日こそ、は、こやつを一日無視しようと思う。おお、日輪よ、我はこやつを無視しきってみせようぞ…!

「元就さま、ほら見てください!長曾我部さんが風紀委員に叱られてますよ!これも日輪のお力ですねっ!」
「!…」

しまった、いきなり反応するところであった。それではななしのの思う壷ぞ。いかんいかん、とポーカーフェイスを続けて無視する。ごんべえはちょろちょろと視界に写ってきょとんとした顔をしている。フン、どんなことをしようが我は揺るがぬわ。
それからずっとななしのを無視しつづけた。絶え間無く喋りかけてくるななしの。飽きないのか。

「元就さま、見てくださいこの小説!女が私で男が元就さま。すごくロマンチックじゃないですか!やりましょうよこれ」
「今日のお弁当は頑張ったんですよ、卵焼き!御一ついかがです?ちゃんと甘いですよ!」
「元就さまっていつも日輪見てますけど、光合成でもしてるんですか?緑好きですし、元就さまは植物なんですか?元就さまから出てきた酸素は私が吸いますねえへへ」
「元就さま、たまには笑ってくださいよ。気持ち悪い笑顔でもいいですから!」
「元就さまっ!大好きですよ!結婚しましょうかさあ、さあっ!」

…駄目だ。こやつと共にいると疲れる。極力離れようとしているのだがついて来る。それはもうトイレにさえ入ってこようとするのだから問題だ。
そしていつの間にか下校の時刻となり、校内に残る者は少なくグラウンドには部活動に励む者が声を張り上げている。我はいつも通り図書室へと向かう。この時間は誰もいない。だから我だけの空間になるわけだ。…ななしのもいるが。図書室についてもこやつはいまだに話しを続けている。なぜそんなに話せるのだろうか。反応もしてくれない人に向かって。

「それで結局は殴って断ったらしいんですけど」
「…」
「すごいですよね、ダイナミックお断りってやつですね!」
「…」
「かっこいいですよね、私もそういう人になりたいものです!」
「…」

すると急にななしのが黙り込む。ついに話のネタが切れたか。構わず本を読み続ける。暫くしてもいっこうに話しだそうとしない。流石にどうしたのかと振り返るとななしのが泣いていた。

「っ…ふぇ…」
「…」
「元就さま…っ…今日、一回も私のこと、見てくれなかった、です」
「…」
「反応も、してくれない、ですし、嫌いにっ、なりましたか…?」
「…」
「すみませっ…帰ります、ね」
「チッ」

ぐずぐずと泣きながら帰ろうとするななしのの腕を引き自分の腕の中に閉じ込める。ななしのは驚いたのかぴたりと嗚咽が止まる。そんなななしのをきつくきつく抱きしめる。

「誰がいつ貴様を嫌いだと言った」
「…っ」
「勝手に解釈するでないわ、たわけ」
「…」
「だが貴様を無視した我が悪かった」
「…っふ」
「だから泣くでないわうつけが」
「…うぇぇ…」
「チッ…めんどくさい女よ」

いつまでも泣き止まぬごんべえの頭を引っぺがして口づけをする。すると驚いたのか涙が止まり静かになる。口を離すと真っ赤な顔をして俯くごんべえがとても愛おしく感じた。全く、かような時こそ、何か言ったらいいではないか。口許を押さえて目を横へ逸らすと夕日が差し込んで、長く伸びた我とごんべえと、それからごんべえが掴んできた繋がった手の影が伸びていた。





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捨て駒=彼女


(2012.03.11)


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