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□パラレルワールド
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立春を迎えたというのにまだ外の空気は冷たい。おまけに風も冷たいという二重苦だ。だけど冷蔵庫の中に何も入っていないという事態が起きてしまった。両親が仕事を終えて帰ってくるまでまだかなり時間がある。それまで何も飲まず食わずはちょっと厳しいものがある。小腹を満たすためにコンビニで何か買うことにした。財布と携帯を持ってなるべく厚着をして外に出た。
コンビニで何を買おうかと商品を見て回る。見れば見るほど色んなものが欲しくなる。いかんいかん、あまり使いすぎては後で痛い目を見ることになる。お菓子を買いたくなる衝動をぐっと堪えて紙パックの安いジュースとパンだけ買ってコンビニを出た。

(あれ、)

帰り道、見覚えのある後ろ姿が見えた。白髪で厚着をしてもわかる細さ、それからあの憎たらしい足の長さ。あれは、

「石田君だ」
「…っ、ななしのか。何の用だ」
「別に用があるって訳じゃないんですけどね、その見かけたから、つい」

煩わしいと言わんばかりに眉根を寄せてギロリと睨む。ヒッ、と一瞬怯んでしまったが怖じけづに横に並ぶ。石田君は同じ学校のクラスメイトだ。…あまりしゃべらないけど。ただ家が近いということだけは知っていた。学区の区切りの問題で中学は違ったのだが私の家から道路を一本跨いだ後ろが石田君の家だ。
話すことも別になくて気まずい沈黙の中ただひたすら歩く。チクショウ、話し掛けるんじゃなかった…!と心の中で一人頭を抱えていると急に石田君が口を開く。

「そういえば貴様に聞きたいことがある」
「えっ、私にですか…?何かしましたっけ私…!」
「…別に事情聴取まがいな事をするわけではない。何を焦ることがある」
「あっ、そうなんだ。ならよかった…べ、別に何もしてないけどね!んで、何?」

石田君が怪しげな目を向ける。実は石田君の鞄についている、大切にしていたらしいキーホルダーをつい触りたくなって手にとったところ、ヒビが入っていたようで壊してしまったのだ。何やらヒデヨシ様が下さったキーホルダーだとか言ってたっけ。まあその怒りは徳川君にぶつけられていたのだが。
どうでもよくなってきたのかふい、と目を逸らされた。横顔も美しいです石田君。

「…貴様はパラレルワールドを信じるか」
「パラレルワールドって…私が違う世界にいる、とかってやつ?」
「そうだ。今ここにいる自分とは別の自分が他の世界にいる。それがいくつもあるということを信じるか?」
「信じるかって言われても…確かめようがないからわかんないよね、そういうのって」

へらり、と笑ってみせると石田君が…そうだろうな。と呟く。いきなり何を言い出すかと思えばパラレルワールド、か。あってもおかしくはなさそうだけどねえ…。

「では、パラレルワールドを移動できたとしたら?記憶はそのままに、違う世界を行き来できるとしたら貴様はどうする」
「えっ違う自分に会ってみたい」
「自分に会える訳がないだろう、馬鹿かななしの」

呆れたようにため息をつかれる。あ、そっか。パラレルワールドを移動したらそこにいた私は今私がいる世界に来るってことか。なるほど、よくわからない。難しい話をするんだな、と石田君を見つめていると、なら例えばの話だ。と続ける。

「私が、死んだとしよう」
「えっ」
「この世界では私が死んでいる。しかし別世界では私は生きている。だがそのままでは未来は変えられん。いずれは別世界の私も死んでしまうとしたら。それを貴様が知っていたら。移動できるなら。貴様はどうする」
「そりゃあ…助けるに決まってるじゃん」
「何度繰り返してもか」
「うん。だって助けられるんでしょ?死ぬってわかってるのに助けないなんてこと、できないよ」

そう言うと石田君はぽつりと何かを呟いた。でもそれを聞き返しても教えてくれなかった。まあいっか、と思ったところで分かれ道に着く。

「ばいばい、石田君。また明日」
「…あぁ」

それから石田君と別れて家に帰る。にしてもあの石田君がパラレルワールドの話なんてするんだなあー…意外。買ってきたパンをかじりながらさっきのことを思い出していた。




□■□




(やっば遅刻…!)

昨日は何故か石田君のパラレルワールドの話が頭から離れなくてずっと考えていた。そしたら朝遅刻ギリギリの時間に起きてしまい今に至る。まさか寝坊するなんて。遅刻には変わりないのだけど、遅刻ということを思い浮かべるとなぜだか無性に急いでしまう。ゆっくり行っても変わらない事実だというのに。
仕方ない、近道を使うしかない。走って左右を確認せずに道路に飛び出す。するとトラックが目前まで迫って来ていた。ピタリと止まる時間。トラックが私を撥ねるまでの時間が異様に長く思えた。ドンッ!という音と共に私は数メートル撥ね飛ばされて地面にぐしゃりと叩きつけられる。トラックはそのまま走り去ってしまったようだ。ナンバープレートなんて見てる暇なかった。
朦朧とする意識の中、ローファーが見えた。上から荒い息遣いが聞こえる。叫ぶように何処かに電話したあとその人は私を抱きしめる。霞む視界の隅に昨日見た白髪がちらりと見えた。

(石田君だ)

撥ねられて、死ぬかもしれないというのに私の思考は冷静だった。まるで何度も経験しているように。耳元で石田君の啜り泣く声が聞こえた。私の為に泣いてくれてんだ、こんな絡みの薄い人間に。

「何故…ッいつも間に合わない…!」
「私は救えないのか…?また、ッ死なせるのか…!?」

いつも、また、という単語がどうも引っ掛かる。問い掛けようにも思うように動かない。それどころか瞼も落ちてきた。死ぬのか。石田君の声も掠れて聞こえにくくなった。だけど意識を手放す前に石田君が言った言葉だけははっきりと聞こえた。

「私を置いて逝かないで下さいごんべえ様ァッ!」





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従者三成。
前世の記憶アリでパラレルワールドを回る三成の話。
夢主になんの記憶はない。


(2012.03.27)


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