short

□内なる本性、見た目によらず
1ページ/1ページ



鬱陶しい。今、頭の中はこの言葉しかなかった。それも全て後ろから痛いほど突き刺さる視線のせいだ。その視線を送る人物のせいで周りにいたやつらも我を見る。…鬱陶しいことこのうえない。やめろと言おうが邪険に扱おうが付き纏うこの女。なんなんだ、貴様はドMかと聞いたことがあるがまさか誰が貴方の靴下になって毎日踏まれたい!などという答えが返ってくることを想像したであろうか。飛びすぎた返答にまた我は頭を抱えることとなったのだが。…頭痛がする。
それはそうとこの状況をなんとかせねば。そうそう訝しげに見られることを好く人間などおるまい。我もそれは例外ではない。走って逃げようがあやつは体力と足の速さが長けている。頭もよければビジュアルも悪くない。だというのにこの奴の性癖というかなんというか…。いつもいつも我をストーカーするのをやめてはくれぬだろうか。今思えば何故こうなったのだろう、と足早に歩を進めながらぼんやりと昔を思い出していた。




□■□




ある日、天気の悪い日のこと。朝から降り続く雨のせいで我の機嫌は大層悪かった。図書室で外を眺めながらしとしとと落ちる雨粒を取り留めもなく見ていた。明日は晴れるだろうか、午後の授業はサボろうか。そんなことを考えていると後ろの方でがたり、と物音がする。そこにいたのは女子生徒で驚いたようで目を真ん丸にしてまっすぐ我を見つめていた。きっと誰もいないと思っていたのだろうな。そやつを無視してもよかったのだが、雨が降っている外を眺めるのもつまらなくて気まぐれで話し掛けてみた。

「貴様、どこの誰ぞ」
「え、あっ、わた、し…?」
「…貴様以外に人はおらぬであろう」

キョロキョロと周りを見渡した後自分を指差し小首を傾げる。…天然なのかただの馬鹿なのか。小さくため息をついて名乗れ、と催促する。すると若干吃りながらようやく自分の名前とクラスを言う。小さな声で俯きながら…ななしのごんべえです。と言う様は正直に可愛らしい、と思えた。人と話すのは苦手なのだろうか、忙しなく手が動いていて、視線もキョロキョロといろんな場所を見ていた。

「隣のクラス、か」
「そう、です…ね…。…え、と」
「我を知らぬのか?」
「あ、え、その…。す、すみません…」
「…ほう」

珍しい奴もいるものだ。まさか我を知らぬ奴がいたとは。いつもいつも名も知らぬ女子に囲まれ質問攻めをされるという大変鬱陶しいことこの上ないことばかりされていた我にとってななしのは非常に興味が沸いた。媚びない女もいるものなんだな…。

「我は毛利元就。日輪の申し子よ」
「ニチリン…?」
「…今日は出てはおらぬが」
「あ、太陽のこと、ですか」
「雨など、降らなくてもよいのだがな」
「あはは…私も、雨は嫌い、ですよ」

上品に笑うななしのはきっと良いところのお嬢様かなにかだろうか。というか雨を好くやつなどいるわけなかろう。濡れるわ寒いわ…良いことがないではないか。

「貴様は誰かと群れて固まることはしないのだな」
「あ…実は入学式に出たきり一週間ほど休んでしまい…その…」
「…なるほどな」

グループとやらに入り損ねたというわけか。だがあのように固まって何が楽しいというのだろう。大声を出してぺちゃくちゃと…うるさくて仕方ない。そんなのより一人の方が楽だ。何をしようにも付き添うより一人で決断し実行する方がいいだろうに。

「我と一緒だな」
「え…?」
「我もいつも一人ぞ。たまに煩いのに絡まれるがな」

ぽかんとした表情で突っ立っているななしのの近くに移動し頭の上に手をぽす、と置く。それに目を見開き頬を赤く染めて固まるななしのに優しくこう言った。

「互いに一人ならば共にいれば良いではないか」
「…へ…」
「嫌ならばいいのだが」
「い、嫌じゃないです…!ただそんなことを言われるのは、初めて、でしたから…」

照れたようにもじもじとしている様はそれは人形のようで可愛らしかった。ただ興味が沸いたから少しだけ観察しよう、とそれだけなのだが。雨でやる気も出ない以上、こやつは恰好の獲物であった。

「じ、じゃあ…そのよろしく、お願いします…」
「うむ」




□■□




誰があの可愛らしい奴がストーカーになると思っただろうか。聞くところ初めて話す人ができたのだとか。ちょっとした興味で手を出したのが運の尽き。まさかストーカーになるとは…。どこまでもついて来るななしのに、ため息を一つつき諦めて振り返る。すると嬉しそうな顔をするななしの。黙って座っていれば人形のようで美しいというのに。残念美人とはまさしくこやつにピッタリの言葉であろう。

「いつまで着いてくるのだ貴様」
「いつまでもどこまでも!元就様の行くところに着いて参りますよ!」
「頼んでおらぬ。失せよ」
「ひどいですよ!一緒にいようって言ってたじゃないですか!」
「我の気が触れていた。だからついて来るでないわ」
「いーやーでーす」

いーっと変な威嚇をしてへへ、と笑うななしのは一般人そのものだ。何故こんなストーカーになってしまったのだろう、と頭を抱えると下から我の顔を覗き込んで花が咲くんじゃないか、というほどの笑顔を我に向けて、

「えへへ、元就様大好きです!」

言ったあとに口に手を当ててもごもごと何か言っていたのだがよく聞き取れなかった。少しだけだが赤く染まった頬が指の隙間から見える。そうか、黙れ。と返してやれば抱き着いてくる。耳元で大好きだとかいう言葉を並べられてめちゃくちゃ褒められる。気付かれぬよう小さくため息をつき、されるがままに身を任せた。
別に嫌ではない、ということはずっと言ってはやらぬが。





()




(2012.04.27)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ