Pandora Hearts

□天ノ弱
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ー僕がずっと前から、思ってる事を話そうかー


それはとある幸せで、災難な夜のお話。


あぁ、眠い。
眠くて眠くてたまらないのに。

ー僕の頭はかつてないくらいに冴え渡っているんだ。

「ねぇ、ギル?」

「うー…」

「いや、うーじゃなくてね。そのー」

「あと5ふん…」

「いや、だからさぁ」

そう、僕の寝惚けた脳はとんでもない混乱によって極限まで冴え渡っていた。

穏やかな温もり。
甘えた声。
そして…

「…離れてくれない?」

ものすっっっっごくおかしくなったギルによって。


【天ノ弱】


事の始まりは今日の夕方ーいつも通りの声かけまで遡る。

「ぎぃーるっっ!!!」

大好きな黒い後ろ姿を目にとめ、音速の速さで近づいた。

「!!…ヴィンス…」

振り向いた笑顔は、やはり僅かに曇っていた。必死に隠してるつもりみたいだけど。

あぁ、ギル。相変わらず僕が苦手なんだね。

「また呼び出されてたんだね。」

満面の笑みで言えばギルは気まずそうに頷いた。

「僕の部屋でお茶していかない?ギルが好きな茶葉があるんだ。」

提案をしておきながら、有無を言わさず腕を引き部屋へと誘う。
だって、有無を言わ
せたら絶対に君は帰ってしまうだろう?

大好きな主人(マスター)の元に。



部屋中に染み渡る、ほのかな紅茶の香り。
クセもなく、シンプルながらも
香り高い素朴な味。
僕は紅茶なんかどうでも良かったけど、ギルが好きな味なら僕も好きな味だ。

「どう?おいしい?」

対面のソファーに腰かけるギルに微笑みかける。

「あ、あぁ。」

ぎこちない笑顔。
浅く座り、落ち着かない態度。
頻繁に向く視線の先は時計。

「早く帰りたくってしょうがないって顔だね。」

心の声を代弁して見せれば、とたんに勢いよく紅茶を吹き出すギル。

「なっ!!そんなことな「いいんだ。」」

慌てて否定する声をやんわりと遮る。

「いいんだよギル。分かってるから。」

笑う、わらう。
だってこれは悲しい話なんかじゃないから。

「分かった上で思う分には構わないでしょ?」

君が僕を苦手…ううん、もしかしたら嫌いの方が近いのかな…ってことも、血が繋がった僕なんかよりも遥かにあの主人が大事だってことも。
全部、全部、分かってるから。
分かった上で、僕はギルが大好きなんだよ。

「…あぁ、もうこんな時間だね。お茶、付き合ってくれてありがとう。」

ギルが部屋に来てからまだ10分も経ってなかったけれど。

僕のわがままを通し続けたらギルが壊れてしまうから。

「ヴィンス…」

申し訳なさそうな表情。
やめてよ…

「ほら、早く帰らないとオズ君が心配するよ?」

グイグイと背中を押す。
表情が見えないように。

「でも「いいからっ」」

気まずそうな態度よりも
ぎこちない笑顔よりも
その優しさが
その思いやりが

僕の胸を抉るから。

「じゃあね、兄さん」

扉を閉めながら微笑んでみせる。

後は『おやすみ』と言って扉を閉めるだけだ。

「ヴィ「おやすみなさ[遊んでー]」」

不安気な声に声を被せ扉を閉じかけ…

「…え?」

突如響いたもうひとつの声に手を止めた。

「!眠り鼠(ヤマネ)!?」

突然のチェインの登場に驚くギル。
あぁ、なんだってこんなタイミングで…
エコーはギルの来訪を見て気を効かせて外出している。

[遊んでー]

突如訪れる凄まじい睡魔。
まずい。今寝たらギルが帰りにくくなってしまう。

「…っだめだよ…ちょっとだけまって…」

微睡む意識を叩き起こしながらヤマネに言うと、

[…]

睡魔が引いた。
これには驚いた。
ダメ元だっ
たのにまさかこんなあっさり聞き入れてくれるとは。

まぁいい。とりあえずとっととギルを見送っ

バターン

「え?」

向けた視線から突然ギルが消失した。
否、

「ギル!?」

ギルは廊下にぶっ倒れ気持ち良さそうに寝息を立てていた。

[遊ぶー遊ぶー]

楽しそうに背のネジを回すヤマネを初めてぶん殴りたくなった。


で、今のおかしなギルが出来上がった訳だ。
ただ寝てるだけならまだ良かった。
厄介だったのはその後。
何の暴走か中途半端にかかったヤマネの力の影響で、ギルは眠りと覚醒の間。要は寝惚けた状態になってしまったのだ。

「ぎゅー」

幼い子供のように甘えた声で抱きついてくるギル。

「ちょ!…頼むから離れてよギル。」

完全にいつもと立場が真逆だ。

「いやですー」

にへらと向けられた無防備な笑顔。
いつもとは違う、自然な笑顔。

「もうちょっとだけだから…」

いつまで経っても離れる様子を見せない両手。

ねぇ、ギル。
相手間違えてるよ?

「ますたー…」

僕はオズ君じゃないよ。

「ほら、ギル本気で早く帰んないとオズ君心配するよ!?」

無理矢理引き剥がし運ぼうとするが

「う…わっ!!!」
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