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□動揺
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5分後、雅はマイクを片手にステージの上に立っていた。

「真悟君、そこに座って。」
示されたのは、ステージから少し離れたテーブル席。俺は黙って席に着いた。店長はというと、グランドピアノの前に座り、長い指をほぐしている。
「雅ちゃん、曲は?」
「Lovin' Youをお願いします!」
「わかった。」
それだけ言うと、店長は鍵盤に柔らかに手を置き、力強く前奏を弾き始めた。普段あまり音楽を聴かない俺だが、
かなり上手い演奏だということはすぐにわかった。だが、それに乗せて雅が歌い始めた瞬間、主役は完全に歌声に変わり、場の空気がガラリと変わった。
なんだろうこの、深く、透き通るようなこの声は。ただ美しいだけじゃない、せつない感情が相まって、この曲を見事に歌い上げている。ひとつの曲を聞いてこんなにも胸が熱くなったことがかつてあっただろうか。曲が最後のサビに差し掛かったとき、ついに俺は泣いてしまった。理由なんてない。ただ、あまりにもきれいだったから。

パチパチパチ
俺は盛大な拍手を送った。
「はあ、楽しかった!」
歌い終えた雅はさっきまでの悔しさはどこへやら、すがすがしい顔をしている。
「どうたった、真悟君?」
「うん、最高だった。」
「はっはっはっ!最高か!よかったな雅ちゃん。」
「ふふっ、私の夢、わかってくれたみたいでよかった!もう今日のことは許しちゃおうかな。」
「そうしてくれるとうれしいな。」
そして俺たちはどちらからともなく、仲直りの握手をした。

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