長編

□贄牢の蒼狐
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幼少の頃の話だ

引っ越す前、俺は実家の裏山で虫取りをしていたのだが、不思議な存在をちょくちょく見かけることがあった

幽霊?

妖怪?

…確かに、図書館で友達と借りて読んでいた絵本の中に似たような奴らもいた

だが、その本に載っていない『奴ら』の方が遥かに多くいる事


そして妖や幽霊なんかより…よほど危険なのだと思い知ったのは大人になってからだった


『奴ら』は思い思いの姿形をしていて、幼い頃の俺をよく遊びに誘ってくる
当時、バカで鼻垂れたガキだった俺は…やはりバカだったんだな
無邪気に遊びに誘ってくる、そんな危険な『奴ら』が大好きだった
もしかしたら、人間の友達より好きだったかもしれない

人知れず夜中に抜け出しては誰も入らないような山を登り、獣道を通っては奴らと遊んだ
共に夜が白む時刻までおはじきや縄跳びをして遊ぶのだが、幼い俺は遊び疲れていつの間にか寝てしまう
そして、次に目が覚めたら自分の部屋に戻っているというのが常だった

そんな日々が3年ほど続いたのだが…


奴らはある日を境に、何も言わずに忽然と姿を消してしまったんだ



『これは絶対、狐かタヌキに化かされたんだと思うんですよ〜!』
『倒れてきた電柱が木の葉になったなんて、そうとしか考えられ…』


ブツッ


俺は悴み、すっかり冷たくなってしまった指でラジオを消した

「アホらし…
んな事あるわけねーだろ」

ぱらぱらと舞い落ちる雪をワイパーで払いのけ、一面真っ白な雪で覆われた山道を謝華 絢(じゃはな けん)は車で突っ走っていた

雪のせいで車線は見えないし、ガードレールは所々かけてて危ないしで最悪の旅行日和だ

ぶおぉと暖かな風を送る暖房を強めるが、外と中の気温の変化のせいで硝子が曇って視界はかなり悪い
はぁ…ため息を吐く
後ろに車が来ていないか確認し、ハザードを出して車を端に止める
助手席に置いたアタッシュケースに手を突っ込んで『旅きぶん』なる雑誌を出して広げて今いる場所を確認した

「あー…っと
んん?ここら辺にあるはずなんだけどなぁ…」

人間関係に嫌気がさして仕事を辞め、和歌山の奥地に引っ越そうか…なんてなんの計画もなく考えていたのが悪かったのか
それとも久しぶりに出来た長期の休みだから、今までの自分へのご褒美に老舗旅館にでも泊まろうかと考えたのがいけなかったのか
地図を調べても分からないわ、スマホでナビを出そうにも圏外だわ…

なんにしても天候は最低

気分は最悪だ

「もしかして、道を間違えたか?」

雑誌には、蛍光ペンで塗り潰された今夜の宿の名前が書かれている
付属で付いている地図を頼りに探してもう1時間くらい経つが、一向に建物らしき姿が見当たらない

「てか、ここどこだ?」

道路と俺の車以外、雪と雪が降り積もる木々しかない
すっかり迷子になってしまった

絶望的な気分に陥りかけた…その時だ

対向車線側の歩道から、人影が歩いているのが見えた

「お、ついてる!
あの人に聞いてみるか」

窓硝子を開けて、すみませんと声を掛ける
相手はどうやらこちらに気がついたようで、立ち止まってから暫くはこちらを伺っていた
手を振ると、わざわざ車線を渡って車の側まできてくれた

「すみません、この寒いなか呼び止めてしまって」

ヘラッと笑って謝る

「……」

返事は返ってこなかった

あー…
こんな寒空の下、急に呼び止めてしまったから怒らせたのだろうか?

表情を伺おうにも、その人物は雪を除ける為に今時珍しい雪傘を深く被っていたので、表情どころか性別すら不明だ
背丈と手の皺から見るに、老人だということは分かるのだが

「あのー…
ここに行きたいんですけど、行き方とか知ってます?」

窓から地図を差し出して、旅館の名前を指さす

すると

地図を受け取った老人はふむふむと首を振ったかと思いきや前を向き、左の歩道をてくてくと歩いて立ち止まりこっちへ来いと手招きした

老人の元へと車を走らせると「…あの旅館だよ」という皺枯れた声と共に、雑誌を返された

「いやそっちはさっき見たけど何もない……え?」

老人が指し示す山の中腹

そこには遠くから見ても老舗旅館だと一目で分かるほど立派な赤茶色い瓦屋根の建物が存在していた

しっかり見渡して探していたはずなのに、舞降る雪で視界が悪いから見落としたのだろうか?

何はともあれ、見つかって良かった!

これで極寒の中、車で野宿せずに済みそうだ

「お爺さんどうも…って、あ、あれ?」


礼を言おうと助手席側の窓へと顔を向けたが、そこに老人はいなかった





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