短篇
□U 殺人ハニー
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『殺人ハニー』
俺の恋人には浮気癖がある
浮気現場を見た回数、数知れず。両手両足の指だけじゃ足りないのは確かだ。
そして恋人である俺は、なぜか毎回浮気現場に出くわす。良い時は相手はそのまま逃げ去って行くのだか、悪い時は浮気相手に殴られる事もある
俺の前に仁王立ちしたまま、キッと睨みつけ『この泥棒ネコ!!』と罵られ、口の中が切れるまで殴られた
殴るなら、自分を浮気相手だと言ってバッサリ振った彼を殴れば良いのに、なぜ俺がこんなとばっちりを喰らうのか
俺はそう思うものの、相手が涙を浮かべているのを見て、いつも黙って殴られる
同情からではない。浮気相手だと告げられて傷ついた彼らを見ていると、いつか自分もこういう立場に回る日がくるのだろうか・・そう考えては、軽い近親感を相手に感じていたのかもしれない
俺の恋人『鴉杲 夜春(あたかい やはる)』は近所でも有名な絶世と称されるほどの和風美人
夜春は男らしい美形というよりは、どっちつかずの中性美人なイメージを連想させる顔立ちをしている
女からも男らも酷くモテるその武器を巧に使い、彼は今回もまた同じ声と同じ内容の詫びを薄く魅惑的な唇から紡ぎだす
『もう浮気はしないから』
殴られ、紅く腫れた俺の頬を優しく撫でながら彼は約束すると誓う
・・・そう誓いながらも、次の日には新しい子が彼の隣に立ち、腕に抱きつきながら楽しそうに会話をしている姿を見る事になる。
それを夜春はごく自然な事のように振る舞い、噂好きの生徒達が行き来する学校の廊下を歩くのだ
独り暮しには広すぎる高級マンションに俺は住んでいる
部屋全体には必要最低限の物しか置かれておらず、シンプルという言葉からは遠く掛け離れたものだった
テレビも棚もテーブルさえこの部屋には無い。ガランとした寒々しい空間。
フローリングに敷物も敷かず、冷たい床の上に俺は寝転がっている
冷えた床は本来、俺の体力と思考回路を奪うのだが、この時彼のほてった頭は程よい冷たさにより思考回路が冴えていた
今回もまた、彼との約束は守られなかった
楽しそうに話す彼らを見かけるたびに、俺は夜春とは何の繋がりもないような錯覚に見舞われる
初めて体を繋いだ夜、2人の関係が『恋人同士』になったのだと、自分が勝手に『勘違い』したのではないのだろうか?
その思想が俺『月 瞶弍(つき みつくに)』の頭の中でこだましては消えていく・・・
そう言われて見れば、夜春に好きという言葉は疎か、愛していると言われた事がないのに今更ながら気付く
「あははっなんだ、俺の思い違い?独りよがりも甚だしいよなっ、恥ずかし・・っ!」
瞳から零れ落ちる温かい涙は、紅く腫れた瞶弍の頬を濡らしていった