□Black butler
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「それじゃあ、話が違う」



そう言うと、長椅子に座った男は、己れの長い足を持て余す様に組直した

上質な黒い三つ揃いのスーツに身を包んだその男は、年の頃は30を過ぎたくらいだろうか

艶やかな黒い髪の右半分は、まるで染め分けたかの様に白く、精悍な顔立ちにもハッと目を引く様な斜めに大きな傷痕が走り、眼光の鋭さと相まって凄味を出していた



「だが、貴方しか頼める人がいないのだよ、Drブラック・ジャック」



そう呼ばれた黒ずくめの男、ブラック・ジャックは、目の前に対座する男を見返した



「私は医者として呼ばれた筈だ。それを貴方はこの私に『バトラー(執事)になって欲しい』だと?冗談も休み休みに言ってくれ、クロムハーツ卿」



クロムハーツは笑い飛ばそうとするブラック・ジャックを真っ直ぐに見つめていた

まだ五十の壁も越えていない筈なのに、クロムハーツは疲労感に満ちていた



「冗談ではない、無理を承知で頼んでおるのだ……もう、貴方にしか頼めんのだ……」



心痛な面持ちのクロムハーツに、ブラック・ジャックは思わず返す言葉を失った




「娘のピノコのことはご存知と思うが、あの娘は生まれてから長い間、重い病を患ってきた……成長が止まる病だ……18歳だというのに姿形はまるで5、6才の幼子だ……」
「それは聞いていますがね……いくら私でも遺伝子病は治せない……」
「それはわかっている、わかっているのだ……」
「だったら、何故……?」



ふいにソファーから立ち上がると、クロムハーツは窓際に近付いた

ガラス越しに冬の陽射しが差し込み、広い応接室を照らしている



「あの娘は病のせいで心を閉ざしてしまった……殆ど部屋に籠り、家族にさえ接しようとしない……無理に接しようものなら暴れるので手をつけられない……」
「……それなら必要なのは私ではなくカウンセラーでしょう」
「もちろん、何人ものカウンセラーにも診て貰った……だが、結果は皆同じで『自分の手には負えない……』と逃げかえる始末だ……遂には妻も見放し、使用人達も怖れて近寄ろうとしない……」
「…………」
「私はあの娘が憐れでならないのだ……病になったのはあの娘の責任では無いのに……」




外を見つめるクロムハーツの肩が僅かに震えている



「だが……だからと言って……主治医ならともかく、私に執事はオカシイでしょう?第一、お嬢さんに必要なのはバトラーではなくナース(乳母)かレディースメイド(侍女)でしょう?」



ブラック・ジャックがそう切り出すと、クロムハーツは振り向き頭を左右に振った



「医者はダメだ……あの娘は自分の病を治せない医者に絶対的な不信感を持っている……ナースやレディースメイドや他のメイドも同様に、年相応の身体を持っている女性にも嫌悪感があるらしい……」
「だからバトラー……」
「そう言うことだ……数々の患者を治した貴方ならあの娘の心を開いてくれるはずだ。もちろんタダではない。あの娘に笑顔を取り戻してくれたら礼金として前金で1000ポンド、成功報酬としてあと2000ポンドお支払しよう」



参ったなぁ……


ブラック・ジャックは思わず天を見上げた



1000ポンドは約2400万円

合わせて3000ポンド(約7200万円)はかなり魅力的だった




「………前金はスイス銀行にお願いしますよ」



ブラック・ジャックの言葉に、クロムハーツが満面の笑みを見せたのは言うまでもないことだった




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