□思い出のアルバム
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「この浮気者―――っ!!」
「グオッ?!」
バコッという音と共に、鈍痛がブラック・ジャックの後頭部を襲った
ソファに座りリラックスしていた矢先の出来事で、痛み自体は然程ではないが、不意を突かれた分衝撃が酷かった
「なっ、突然何なんだっ!?」
訳もわからず痛い頭を擦りながら振り向くと、そこには般若の様な怒りの表情で仁王立ちしたピノコの姿があった
「先生の浮気者っ!変態っ!バカッ!キヤイッ!キヤイッ!大っキヤイッ!!」
「……話が見えないんだが?」
いきなり浮気者扱いされ、ブラック・ジャックは戸惑った
彼としては浮気をした覚えもなく、ほんの数時間前までは機嫌が良かったピノコの変化が、彼には理解不能だった
「一体、私のどこが浮気者だって言うんだ?」
「こえを見なちゃいっ!!」
「ん?………あっ!」
目の前に差し出された一冊の赤い表紙の本を手にしたとき、ブラック・ジャックはあることを思い出していた
その本は小説や雑誌の類いではなく、アルバムであった
書斎にある本棚の、なるべくピノコの目につかない位置に並べて置いたのだが、遂に発見されてしまったらしい
「このアユバム、女の子ばっかい載ってゆ!しかも井草ちゃんがおーいのよさっ!!一体何なのっ!?」
井草とは国民的大スターの女優・杉並井草の事である
井草の顔はブラック・ジャックが整形を手掛けており、その事はピノコも知っていることなのだが、常日頃から自分も大きくなったら井草のような美人にして欲しいと言うくらい、ピノコは井草のファンだった
やばい……!
さすがのブラック・ジャックも、この時ばかりは言い訳が見つからない
冷静な表情の下の本心は、かなり焦っていた
身体中からは緊張で変な汗がどんどん出てくる
「その様子らと、やっぱい先生のなんね!?」
「これはだな…つまり、アレだ……」
ピノコのあまりの剣幕に押され、説明しようにもしどろもどろになり、ブラック・ジャックは上手く説明出来ないでいた
「アレって何なのよさっ!?ピノコが納得できゆ説明ちてちょうだいっ!でなきゃ、離婚なんらかやねっ!!」
「そっ、それは困るっ!!」
「じゃあ説明ちて!!」
「あ……」
ブラック・ジャックが脳内細胞をフル回転して咄嗟に出た言葉は
「サッ、サンプルだ」
「サンプユ?」
「そうっ、サンプル!ほら、整形手術をするときのサンプルなんだ」
ブラック・ジャックが言ったことは、嘘ではなかった
一重瞼を二重瞼にするとか、二重顎をすっきりさせるというようなものなら、特にモデルなど必要はないし、彼の元にはその様な何処の整形外科医が出来る依頼は来ない
大体が顔の造形全てを変える様なものばかりだった
しかし、さすがの天才外科医でも、何の見本もなく『美人にして下さい』だけでは手術は出来ない
で、サンプルとしてこのアルバムを利用していたのだった
自分が手術を手掛けた女性や、一般的に美人と言われる女性ばかりを集めている
井草の写真が多いのは、彼女自身から送り付けていたからだ
詰まりはこの赤いアルバム、整形手術のパターン帳であった
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