□愛という名の支配
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「あっ!」




両手で抱きかかえた買い物袋から、林檎がポロリと転がり落ちた

咄嗟の出来事にピノコは林檎を取ろうと思ったのだが、片手を伸ばしただけでもバランスを崩し、袋の中身全てをぶちまける事になる

一瞬の迷いがピノコの行動を遅らせ、ピノコは呆然と転がる林檎を見つめた

いつも以上に食材を買い込んだ為に、袋の中身は溢れかえり、その結果林檎が飛び出すはめになった


(だからチビの身体は嫌なのよ…)


やっとの思いで抱きかかえた買い物袋でも、大人の身体なら余裕で持てる


そんな事を考えながら呪われた自分自身にため息をつくと、転がった林檎を取るためにピノコは一旦手にした買い物袋を下ろそうと思った


だが、その時



「この林檎、お嬢ちゃんのだろう?」



不意に、転がった筈の林檎が目の前に差し出された

親切な誰かが拾ってくれたのだろう



「えっ?はい、そうでちゅ。どうもありが……あっ!!」



と、お礼を言うつもりで相手の顔を見上げた瞬間、ピノコは思わず驚きの声を上げた



「あ、あんた、ロクター・キリコ!!」
「久しぶりだな、お嬢ちゃん。こんなところで会うなんて珍しいな」




ピノコの目の前には、林檎を手にしたDr.キリコの姿があった

医者は人間の命を救うために存在する筈だが、目の前のキリコは安楽死を専門にした黒い死の医師だった

そんなキリコとブラック・ジャックの仲が良い筈はなく、会えば常に口論になっていた

ブラック・ジャックが嫌っているので、当然ピノコも彼に対してあまりいい感情は持っていない

キリコから感じる黒いイメージと、人を小バカにしたような表情がピノコはなんとなく苦手だった

いつもの様に飄々とした雰囲気と顔色の悪さは相変わらずで、キリコは拾った林檎を片手にピノコの前に立ち塞がっている



「なんれこんなとこよにいるのよさっ!?またダエかをこよしてゆんれちょ!!」
「可愛らし顔をして人聞きの悪い事を言うな。お嬢ちゃんとこのモグリ医者と違って、これでも一応医師免許持ってるから普通に診察とかするんだぞ?」
「ふーん、そうなの?」
「そうさ、だから今は往診の帰りだ」
「あ、ちょ。あっ!!」




キリコの言い分を聞いていたピノコだったが、突然買い物袋を奪われ、驚いた



「ちょ、ちょっと!何すゆのよさっ!返ちてっ!!」
「ついでだ、家まで送ってやる」



ピノコから奪った買い物袋を軽々と持つと、キリコはさっさと歩き出した

呆気にとられキリコを見ていたピノコだったが、我に返ると直ぐに彼の後を追った



「ちょっと!なんれアンタに送ってもやわなきゃなやないのよさっ!余計なことちないで!」



ようやく追いつくと、ピノコはキリコに食って掛かった



「単なる気まぐれだ。それに、こんなに沢山の荷物をチビのお嬢ちゃんがあの家まで運ぶのは大変だろう?」



喚くピノコをチラッと見ると、キリコは歩みを止めずにピノコに答えた



「ピノコはチビじゃないち、運ぶのも大変じゃないよのさっ!!」
「じゃあこうしよう。オレが荷物を家まで運ぶ。その代償をお嬢ちゃんがオレに払う」
「代償?」
「そうだ、つまりは契約だな」
「……そえなや、いいけど」
「じゃあ決まりだ」



上手く言いくるめられた気がしないでもなかったが、ピノコはキリコに荷物を運んでもらう事にした


実際、彼の申し出がピノコには有り難かった

家までの距離は時間にして30分

重い買い物袋を抱えて坂道を登るのは、かなりの労力だったからだ


(ひょっとしたら、いい人なのかしら?)


少し目の前を歩くキリコを見つめながら、ピノコはキリコの事を考えていた


(でも、代償をもらうって言ってたし…何を請求されるかしら?大金だと困る…私、あんまり貯金ないし)



「いつもお嬢ちゃんが歩いて買い物に行くのか?」
「えっ? 」



不意に思考を遮られ、ピノコはキリコを見上げた

ブラック・ジャックも背は高い方だが、キリコを更に高く、ピノコはいつにまして自分が小さくなった様に感じた



「うん、ちょうよ」
「アイツは一緒に来てくれないのか?」
「アイチュ?先生の事?」
「そうだ」
「滅多に一緒には来ないよのさ、らって先生忙ちぃもん」
「ふーん」



それっきりキリコは黙り込んでしまった

ピノコも一体何を話したらいいか分からず、黙って彼の隣を歩いていた



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