□ホントのところはどうなのよ?
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「あれ?そこにいるのはピノコちゃんじゃないか!」
不意に自分の名前を呼ばれ、ピノコは後ろを振り向いた
此処は、とある大学病院
今日は手術の依頼をされたブラック・ジャックに付き添い、ピノコも一緒に来ていたのだった
しかし、彼の手術中は何もすることがなく、ロビーのソファに座り、行き交う人々をぼんやりと眺めていた
そんな時に声をかけれたのだった
『ピノコ』なんて名前はそうそうない
自分の名前を呼ばれたのは確実である
こんな大学病院に自分を知っている人物がいるのだろうか?
不審に思いながら声のする方へ視線を移すと、意外な人物が立っていた
「あっ!辰巳先生!」
その人物はブラック・ジャックの医大生時代の友人・辰巳だった
人の良さそうな好人物で、ブラック・ジャックが信頼を寄せる気心の知れた数少ない友人のひとりだった
「やあ、ピノコちゃん。久しぶりだね」
「辰巳先生、こんにちわ」
辰巳が傍に来ると、ピノコはソファから立ち上がりペコリと頭を下げた
「ピノコちゃんがここにいるってことは、ブラック・ジャックは手術か何か依頼を受けてここに来てるのかい?」
「ちょ、なんかむじゅかちぃ心臓移植の手術をちゅゆって、先生言ってた」
「あぁ、アレかぁ……手術に踏み切るって聞いたから一体誰が執刀するんだろうって思ってたんだ……なるほど、失敗は許されない手術だからブラック・ジャックに頼んだのは正解だな」
今、辰巳が述べた様に、他人の口から彼を賞賛されるのが、日頃悪く言われる事が多い分、ピノコは一番嬉しかった
「辰巳先生、ここの病院らったの?」
「うん、先月からここに務めてるんだ」
「そうなんら」
「そっかーじゃあピノコちゃんは暇だなぁ」
「うん、ちょっとらけね…れも、先生、手術頑張ってゆんらかやちょっとぐやい暇れもがまんすゆ」
ストンとソファに座ると、ピノコは辰巳を見上げニコリと笑った
そんなピノコに辰巳も笑い返すと、手を差し出した
「手術が終わるまでまだ時間がある。よかったらお茶でもごちそうするよ」
「ほんと?いいの?」
「ああ」
ピョンとソファから飛び降り、差し出された手を掴んだ
「ピノコ、お茶よりもパフェが食べたいんらけろ?」
「お姫様の仰せのままに」
一時間後、二人は院内にある辰巳の個室にいた
職員用の食堂で仲良くお茶をし、ピノコは手術が終わるまで辰巳の部屋で過ごす事にしたのだ
「辰巳先生、可愛らしいお客様ですね」
「そうだろう?友人のお嬢さんなんだ。いや、奥さんだったかな?」
「えっ?」
なんでもないよ、とお茶を運んできた看護師に辰巳は言うと、礼を述べた
用があったら呼んで下さいと言い残し、看護師が部屋から退室すると、辰巳はソファに座るピノコにお茶を勧めた
「辰巳先生、ありがちょ」
「どういたしまして」
お茶の事を言われたと辰巳は思ったが、ピノコが言ったのは別の件についてだった
「辰巳先生、ピノコのことを先生のオクタンって言ってくえた……例え辰巳先生が本気で思ってなくても、ピノコ、ちゅごく嬉ちかった……」
「いや………」
頬を赤らめ告げるピノコに、辰巳は一瞬戸惑った
辰巳としてみれば、『お嬢ちゃん』と呼ばれることを嫌うピノコに気遣い、いつも彼女が『奥さん』と主張していたので自分もそう言っただけだった
もちろん本気で彼女がブラック・ジャックの奥さんだとは思っていない
ブラック・ジャックにしてみても、敢えてその件に関して否定はしないが、可愛い愛娘の遊びに付き合っているだけだろうと辰巳は思っていた
ピノコが彼の実子ではないというのも知っているし、何か事情があり本当は成人女性だというのもブラック・ジャックから聞いている
だが、辰巳にしてみれば、ピノコはまだ幼い女の子で、どう考えてもブラック・ジャックと恋愛関係、しかも夫婦の仲には見えない
第一、大学時代の彼を知っている辰巳には、彼がピノコに恋愛感情を持つとは到底思えなかった
元々色恋沙汰に奥手な上に、辛い恋をしたブラック・ジャック
ピノコを娘の様に愛しても、ひとりの女性としては愛せない
彼との付き合いの中、辰巳はブラック・ジャックをその様に分析していた
だから何気なく言った一言に改めて礼を言われると、辰巳は返す言葉が見つからなかった
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