□幸せの行方
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「………はっ!!」
自分の声で、私は夢から目が覚めた
冷房が利いている筈なのに身体は汗で濡れており、私はその不快感に息を吐き出した
額の汗を手の甲で拭うと、自然に隣のベッドに視線を走らせた
隣からはスヤスヤと穏やかな寝息だけが聞こえ、彼女を起こさずにすんで少しだけ安心した
物音を立てない様にベッドから抜け出し、寝室を出た
冷房の利かない廊下は熱気が渦巻き、更に不快感を増した
キッチンに入り食器棚からコップを取り出すと、冷蔵庫の中で冷えている麦茶を注いだ
注がれた茶色の液体を一気に飲み干しコップを流しに置くと、その足でバルコニーに出た
世界はまだ夜に支配され、暗闇の中で幾千、幾万の星々が大小の光を地上に向けて放っている
汗ばんで熱くなった身体を、海から吹く涼しい風が冷ましてくれた
「夢……か……」
手摺に持たれかかると、誰に話しかける訳でもなく、私はポツリと呟いた
ここ数週間、私はある夢に悩まされていた
日本に帰る飛行機の中で見た夢が全ての始まりで、過去と未来が交差したその夢は、今考えても不思議な夢だった
私はSLに乗っており、自分と関係のある人物が私の前に次から次に現れた
私と敵対するキリコや恩師の本間先生、私が愛した如月恵
そして、過去の傷を負った幼い自分
それらは走馬灯の様に駆け巡り、瞬く間に私の前を過ぎていった
そして気が付けば、私の前には術衣を着た若い女性がひとり立っていた
ハッとするほど美しいその女性は、不思議な事に初めて会ったのにも関わらず、とても懐かしく、とても愛しく思えた
それもその筈で、彼女はピノコの成長した姿だったのだ
驚く私にピノコは、本来自分の姿はこのような八等身で美人になる筈だったと告げた
自分の命は私が助けたモノだから、愚痴は言わない
だが
一言
一言だけでいい
自分の事を好きだと
本当の事を言って欲しい……
私にすがりつきながら、ピノコは切な気に呟いた
夢の中の私は、無情にも彼女を引き離すと、自分は八頭身にも美人にも興味がないと、顔なんていくらでも整形が出来るからなと、ピノコに向けて言い放った
実際、多くの整形手術をしてきただけに、私には作れない顔なんて無いと思っていた
そんな私の言葉に、ピノコは泣きそうになっていた
しょげるピノコに、私は夢の中とはいえ、意外な言葉を口にした
『何をしょげている?お前は私の奥さんじゃないか……それも最高の妻じゃないか……』
その時のピノコの笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも美しく、誇らしげに輝いていた
彼女の細くしなやかな身体を抱き寄せると、私とピノコは患者の待つ場所に向かい歩き出した……
そこで私は目が覚めた
過ぎていく過去
美しく成長したピノコと歩き出す未来
はたして、この夢は単なる夢なのか、未来を予知するものなのか、それとも私の心の奥の願望なのか……
当時の私には、わかりかねていた
おかしな夢を見た
そう思う事で、理解不能なあの夢を忘れようと私は思った
実際、暫くしたら忙しさで夢の事などすっかり忘れ去り、私は日々の暮らしに戻っていた
しかし、我が家に帰り、再びピノコと過ごすうちに、私の中で確実に何かが変わっていった
今まで以上に、ピノコの存在が気になりだしたのだ
ピノコの仕草
ピノコの声
ピノコの眼差し
そのひとつひとつが、私の心を惹き付けて離さなかった
気が付けば、私の視線は常にピノコを探し求め、彼女の存在を確認する度に、安堵と不安が入り混じる不可思議な感情を持て余していた
その不可思議な感情は現実世界だけでなく、次第に夢の中にも現れ始めた
夢の中で成人したピノコが現れ、私に問いかける
『ピノコのことを好きだと言って……』
『ピノコを愛してゆって言って……』
私にすがり、悩ましげな眼差しで問いかけるピノコ
そんな彼女の存在を受け入れる私
『お前は私の奥さんだ』
『最高の妻だ』
好きだとも愛しているとも言わないかわりに、夢の中の私は彼女に必ず妻の座を与えている
それが当たり前の様に……
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