□繋いだ手の温もり
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頬を撫でる風がほんの少しだけ冷たくなった秋の昼下がり

とある大学病院で一仕事を終えた間黒男ことブラック・ジャックは、駅前広場にある噴水の前に立っていた

予定よりも早目に仕事が片付いた彼は、自宅にいるピノコに連絡をとり、外で会わないかと告げた

すると、光速よりも速い即答で、直ぐに出てくると返事が返ってきた

待ち合わせ場所を指定し電話を切ると、ブラック・ジャックは大学病院を後にし、約束の場所に足を運んだ












少しだけ浮かれている気分に浸りながら待つこと一時間…

いつまで経ってもピノコの姿が現れる気配がしない

ふと、周りを見渡すと、辺りはカップルや親子連れが多く、一時間近くも同じ場所に立ち尽くすブラック・ジャックの姿を通り過ぎながら怪訝そうに遠くから見ている様子が、嫌でもわかった

幾ら涼しくなったとはいえ、まだまだ陽射しは暑い

そんな昼の日中に、黒コートに黒い三つ揃いスーツ姿の三十過ぎの男が一人

明らかに場違いこの上なかった

そんな自分の境遇に少し苛立ち始めたその時……




「お待たちぇ〜」



聞き慣れた声が、彼の耳に届いた

反射的に振り返ってみると、彼の予想通りにピノコが息を切らしながら胸を押さえて立っていた

余程急いで(その割には一時間も待たされたが)来たのだろうか

額にうっすらと汗までかいているのが、彼の目にも明らかだった



「随分、待ったれちょ?」
「いや……」



待った、と言いたいところだったが、彼女の笑顔を見た瞬間、ブラック・ジャックはそんな些細な事はどうでもよくなっていた



「急いで来たんらけろ、おめかしちてたや時間がかかったよのさ」



どう、先生?と言いながら、ピノコはブラック・ジャックの目の前でクルリと回って見せた

紅茶を濃い目に入れたような柔らかな髪に真紅のリボンを結び、漆黒のふわりとしたワンピースに編み上げの黒いブーツを履いた姿は、今流行りのゴスロリ感を拭えないが、ブラック・ジャックにしてみればそんなことはお構い無しにピノコは魅力的で可愛かった



「ん……そうだな……」



本心とは裏腹に、気のない返事をするブラック・ジャックに、ピノコはプゥッと頬を膨らませた



「もうっ!先生ったや、他に言う事ないの?」
「他に?」
「見違える様にキレェらね…とか、抱きちめたいくやいカワイイよ…とか……」
「あ、あぁ…可愛いよ」



取り繕う様にそう告げるブラック・ジャックを、ピノコはジロリと睨み返した



「先生……ホントにそう思ってゆの……?」
「も、勿論だっ」



怪ちぃのよさ……と言いながら、ピノコはいきなり歩き始めた

その後を追うようにブラック・ジャックも慌てて歩き出した

自分の不甲斐なさでお姫様の機嫌を損ねてしまった様で、折角の楽しいお出掛けがフイになってしまう、とブラック・ジャックは焦りを感じていた

そんな彼の内心を知ってか知らずか、ピノコは後ろから付いてくる(何故か気後れして並んで歩けないブラック・ジャックだった)ブラック・ジャックを振り返ると、邪気の無い笑顔を見せた



「れも……先生、久しぶりらね。こうして一緒に並んで歩ゆくのは」
「そうか?このあいだも一緒にイギリスに行ったじゃないか」
「あれは、お仕事らったじゃない」




ピノコの言う通り、1ヶ月前にやんごとない身分の方の手術の依頼で、ブラック・ジャックはイギリスへ赴いていた

その時、長期滞在と危険な目に合うこともないと判断した彼は、一緒に行きたいというピノコの願いを聞き入れ、一緒にイギリスへ連れて行ったのだった

今はまだ小学校に上がる前なので(戸籍上では)一緒に海外等へ連れて行けるが、義務教育を受ける様になれば、一緒に出掛ける事も少なくなる

見かけによらずしっかりとしているピノコなので、長く家を留守にする事に彼は不安を感じてはいなかったが、彼女と会える時間が短くなるなるのは必然だった

そう思うだけで、何だか寂しく感じてしまう



(俺も随分と弱気な男になったもんだ……)



しみじみと感慨に耽っている彼の耳に、再びピノコの声が聞こえてきた



「そえに、先生いっちゅもお仕事れ、あんまりお家にいないじゃない」
「そうかな?」
「そうらよ」



チラッとブラック・ジャックを見上げながらピノコは不満そうに呟いた



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