タイバニ(兎虎)

□それぞれの、事情(1話完結)
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虎徹にしては珍しく、どこにも立ち寄らずまっすぐに、今日は家に戻ってきた。

最近では、相棒を誘って飲みに出かける事が多かったせいか、時計の針が今日のうちに家にいることがほとんどなかったのだ。
今日だって、そうだったのだ。
最後の最後に、ああいった事がなければ。
昨日までと同じく
「んじゃ明日また!」

…なんて軽く別れて、帰ってくるだけの、はずだった。



「はぁぁ…」

23時に近い時計を見、ルームライトをつけながら困り果てた溜息を大きくついたには理由があった。

若者的に言うのならいわゆる
”告られた”
のだ。
それも、男に。
なんと、相方に。
超絶美形の、彫刻みたいな容姿の青年に。
その上、泣かせたのだから。
その上…。

問題は、一番最後の部分だ。

(あっちゃー…どうすればいいよ!!?おじさん、困っちゃうでしょーが。)

そう、虎徹は心底困り果てていた。

『好きなんです』

そう告げられて、こっちも酒の勢いもあって、ノリで
『俺だってお前が好きだよん』
なんて軽く返したら、バニーは明らかに傷付いた顔で

『貴方の言ってる意味と違う。茶化さないで聞いて下さい』

と、バッキリ正面から見据えられてしまった。
あとはもう…蛇に睨まれたカエルではないが、眼力に押され負けた。
そんな感じだった。

死別してるとはいえ、こっちは指輪持ちの子持ちの冴えないおじさんなのに、一体。
どこをどうしてそうなってしまったんだろう。

何か、個人的に恋愛問題とかで一時的にせよ、うまくいかなくなったとか…。

いや、幸か不幸かバニーの込み入った様子もなぜか教えられてしまっているので
(教えろと強要してないのに)
それはないと全否定できてしまって可能性を消去する。

――元々、ソッチのケがあったとか。

まぁ、こういう業界に長くいると、女に興味のない男なんて案外ザラにいたりするものだが、
バニーに関して言えば、そもそもの恋愛感覚が欠如しているといっていいくらい、異性にも同性にも、元々関心を示さないのだ。

(んじゃ、なんでだ)

うんうんと唸りながら考え抜いてその末に思いあたったのは、バニーは自分の中の感情の整理がとても
とても、ヘタクソだと言う事実についてだ。
最初の頃こそとても怜悧に見えたものの、案外打たれ弱かったり、自己の感情爆発をうまく制御できずボロボロになったりしている彼の惨状を間近で見ているうちに、虎徹は気づいた。

あぁ、まだ子供のままに今に至ってるんだな、と。

決して見下した思いからではなく、哀れみでもなく、ただただ、どうにかしてやりたいと心底、思ったのだ。

完璧な容姿に宿った、繊細な魂。
それを知ってしまったらもう
"どうにかして守ってやらなきゃぁな!"
…と、何かの本能めいてそう思いを勝手に固めてしまっていたのだ。

ネイサンなどには
"それきっと、ミイラ取りがミイラになるわよ"
などと笑われもしたがそれでも。
虎徹には相方の青年の、心の成長を止めてしまっている枷を、見てみぬ振りはできなかったのだ。

両親ともに早くに失って、心の拠り所のないまま、それを強烈に求めながらもひた隠してひとり、
虚勢を張った生き方だけをしていた青年。
親がわりと礼節を持って尽くしてきた男に裏切られ、もっと傷が深くなった様も、
誰より間近でその感情に見て、触れていた。

だから余計に、どうにか幸せになんなきゃダメだろ!!?と強く思うようになった。

それにしても。
なんで、その行き着く先というか、向き合う対象が自分なのか
虎徹には明快な結論が出せない。

きっと頼れる大人を待っていたのだろう。
いやそれは見た目はバーナビー本人だって立派に大人なのだが……。

無意識のうちに、感情をぶつけて怒ったり笑ったりできる相手、喪失した親代わりの人間を
心では欲していたんだろう。

たまたまそこに自分があてはまっただけと虎徹は思う。
色々あったし、そんな中の人恋しさのピークに気持ちが弱ってるんだろう、と。

時に甘えれる母であり、時に守り立つ父である姿を、おそらくは投影してるのだ、と。
ヒーローだって、人間だ。
参って弱った時には、もたれ掛かって傷を癒したいと思うのが、それこそが極々、普通なのだから。


たぶん…。
勘違いが勘違いを呼んでいて、
バニー本人が錯覚してしまったのだ。
恋愛感情なのか、ただの、年上で肉親に近いと感じた者への思慕なのか。
慕わしさも愛も、知らずに生きていたのだから。
それすら渾然となって、口から滑り出た言葉がアレなのだろう、と。


『好き…なんです。虎徹さんが』

真剣だった。
本心から、そう言っていた。
いっそ、そういっその事、気紛れで軽薄な言葉の一つだったなら良かったのに。


「うおぐあぁぁぁ!ダメだダメだダメだろっ!もう〜、なんつー失態よ!鏑木虎徹、一生の不覚ぅ!」


叫びながら虎徹はシャワーも適当に済ませ、とりあえず明日の事を考えてベッドに向かうが、どうもいけない。


バーナビーの…バニーの思いつめた表情が浮かんで消えて、どうしたって何をしたって、
それこそ今から腹筋300回とかダンベル上げなんかしたって、アルコールに逃げたってどうしたって
頭の中から消えてくれそうにない。

あんな顔であんな声で、切な気に告白されて墜ちない人間がいるというなら、公開放送で出て来て実行してみろ!
全員絶対、無理だからな!
…などとヤケになって虎徹はガバーと起き上がり、頭を掻きむしった。

「あー…だからさ。オレじゃない誰かに言うべきなのよ。何で俺もビシィィっと!!
そう言う風に!!…言えねぇもんかなぁ」

情けない己に情けなくグチャグチャ呟いて、そしてまたベッドにゴロゴロ転がる。

若くて非の打ち所のない容姿で、
その気にさえなれば選び放題遊び放題。
そんな完璧な青年が、何を血迷って、こっちを向いてしまったのか。

相応しい相手は、どこかにいる。
きっと。


今、寂しいなら慰めてやることはできるけれど、それはきっと…いや絶対に、一時の気の迷いだから。
それでいいなら、それでも本当にいいなら…寂しいのを我慢せずに、呼べ、と。
いつでも、見てるから、と。


そんな風な説教というか言い訳というか、言葉を羅列して、あくまでも
恋愛とはイコールじゃないんだよと納得してもらおうと、必死に言い募ったのだ。

そうしたら、バニーはひとつ大きく深呼吸をすると、無理に造った笑いで顔をあげ、
綺麗な青翠色の瞳を潤ませたままに、きつく抱きついてきたのだ。



「それでもいいです。貴方がそうしろと言うなら」

不気味なくらいに従順な言葉を吐き出して、それから困ったことに…泣かれた。


びっくりした虎徹は、思いっきり抱き潰されて"ぐげ"とか間抜けに変な声をあげながらも、
真剣なバニーを引き剥がすなんて事もできる訳もなく。
慌てふためいた挙げ句、とにかく事態を収拾しようと
(自分でも墓穴だと言いながら気づいたが)
明るく言ってしまった。

――とにかく、突き放すことができない性分なのだ。


「そうしろ!…なんて事は言わないからさ!あ、あっ、そうだそうだ!週末、新しいタワーんとこに
できた浜まで、ドライブしようぜ!!?な?こんなオッサンとじゃぁ…そりゃテンション上がんないとこだけどなー?
そうそう、お前疲れてんだよー。そーいう時には息抜きしなきゃ!良い景色見て、美味いモン食べてさ!
そしたら…ちったぁ元気出るかもっ!」

何とか考え直させようと必死に言った不用意が、虎徹のアダ=墓穴になった。

そう、虎徹は自分で掘った大きな大きな墓穴に、自らヘッドダイブで嵌ったのだ。


バニーは、ハッとして力を緩めて虎徹をやっと開放しながら、
感情の揺れる宝石みたいな瞳を、それこそキラキラという効果音付きで煌めかせながら上げた。

「それって…虎徹さんもOKって事…ですか?デートに誘ってくれるんです?そう取りますよ…
いいんですね?本当に?」

「あ…いやあの…デート、っつかその…俺はお前に元気になってほしくってだ…。ほら、その。えーと」

どもりながら言い訳をしているうちに、今泣いていた癖に妙に素早くバーナビーは虎徹に…
あろうことかキスをした。


外国人的挨拶的の、キスアンドハグ、なあれではまったくもって、ない。

――しっとりとした、悩ましげな表情のままに、あの薄い形良い唇を、虎徹の唇にきっちり、重ねてきたのだった。

押しが強いのは、さすがに外国人。
とかなとか妙な感心してる場合ではなかった。

『ありがとうございます。週末、どんな嵐でも行きましょうね』

そう言って、バニーはイケメン顔がグシャグシャになるのもまるでお構いなしに、零れる涙さえ拭おうとせず、
会心に綺麗な笑みを向けてまた、抱きついてきた。

纏う香料の、とても良い香りがした。

虎徹はパニックな心の中では
『違ーう!デートじゃねぇよぉぉ!』
…と叫ぶが、実際には口をパクつかせて固まるばかりだった。


これは…とんでもない肉食の兎に捕まってしまったのかもしれない。
虎徹は崖の際にたたされている自分という絵が思い浮かぶ。

ただただ、不幸せだったバニーに幸せを感じさせてやれたら、なんて思っていただけなのに。
何をどう、間違ってこうなってしまうのか。

突き放すには、あまりに綺麗すて、哀しすぎたのだ。
そうしなくてはいけないと、わかっていたのにできなかった。
穴にヘッドダイブの後は、ズルズル引きずり出されて餌になる。

それは兎の得意技(?)というか宿業だろうよと思ってみたりもするが、
今その自業に嵌って抜けなくなったのは、虎であるはずの自分だった。

「ヤベーよ…あれ、どう考えたって"オールオッケー!"…にしか取られないじゃん!馬鹿だ俺…
明日っから、どーすんだ俺…どーすんだよぉ…」


本当にどうしよう。
まずは明日、どういう顔をして会えばいい?
どんな声で『おはようバニー!』なんて言える?

そんな悶々を抱えて虎徹は、眠れない長い夜を過ごすことになってしまう。

幻滅したら離れていきはしないかと考え、それは姑息だと思い直しては、
男らしくビシーと正してやらなきゃ…などと、考えつつ部屋をいったり来たりしてるうちに、
白んできた空を見るはめになってしまった。


新しい朝が来た。希望の朝だ。
子供の頃、毎朝楽しみにして通ったラジオ体操のそんな歌が、頭の中をグルグルと回る。

「あぁ…ほんと、どうしよ。」


ボツっと呟く虎徹の今日は、どんなに抵抗したところでまた、始まりを告げてくるのだ。

PDAに入っていたバニーからのモーニングコールが、新しい今日の始まりを清々しく告げてくる。
覚悟はいいか?と告げてくる。

「ほんっと…俺ってバカ〜!!?」

寝不足の顔を鏡に映せば。
くたびれた男が一人、覚悟を決められないままに途方に暮れた表情をそこで晒していた。

「ホンっと…俺ダメだわぁ」

さあ覚悟を決めよと言わんばかりの朝の光が、よろめくばかりの虎徹の顔を
容赦なくギラギラと照らし出していた。

朝一番のニュースの画面越しに、爽やかに笑いかけてくるバーナビーの美しいその顔が
笑っているのに笑っていない深い両の瞳が、虎徹の目を捉えて放さない。

「俺らってば、どうしようもねぇのな。バニーちゃん」

虎徹は海より深いため息を吐きながら、画面の中で淡々と笑いを見せるバーナビの顔を
指先で軽く撫でるばかりだった。

そして、画面の隅には週末のお天気データが出ている。
素晴らしい快晴の太陽マークが、脳天気そうにクルクルと周り続けているばかりなのを見て、虎徹はまた、頭を抱えてうずくまるばかりだった。

end.




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