タイバニ(兎虎)

□How long?
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そもそも、虎徹は自分をどう思っているのだろう。いや。
"何"と思っているのだろう。

相棒?同僚?後輩?
それとも……何だろう。

――――――――――――――――――
How Long.
―――雨降って、バカップル固まる話。

――――――――――――――――――

1.

オンラインの画像に映し出された、見知ったスーツ姿を目にしたバーナビーは、
手の中にあった小さな水飲みグラスを床にスルリと落とした。

ガラスが白い床に跳ね返って小さな悲鳴を立てて割れた音も、まるで耳に入ってこなかった。

唖然と口をあけたまま、バーナビーは小さな画面から目を離せない。

滞在していた海外のホテルの一室で、回線上のミーティングが終わったタイミングで
たまたま入ってきた、国際ニュースのほんの5秒ほどの映像ではあったものの…
それはバーナビーに衝撃を与えるには十分な映像だった。


虎徹が、自分に何も告げずにヒーローショーに復帰している。
その重大な事実を、まず受け止めきることに盛大にしくじって、
バーナビーは力なくソファに沈んだ。

いや、彼なりに告げて来ようとしていたのかもしれない。
留守メッセージには何件も、聞き取りにくい虎徹の他愛ない言葉が一言二言、入れられているのは
きっちり聞いていた。
それは、未だに消せず幾夜も聞きなおすくらいにバーナビーが大事に残してある
虎徹の声だ。

あれがそうなら。
いや、きっとそうなのだろう。
時に酒の混じった、おぼつかない声音で。
そして、すぐ隣に居ると錯覚してしまう程に近い
温かみを持って。

『あー、バニちゃん?俺、虎徹だけど…そのー…元気にしてっか!!うん、何でもねぇから…またな』
『あー…度々悪ぃなっ。うん……またな。そだ、ちゃんとメシ食えよ』
『えーと…バニーの声、ちょっと聞きたかっただけ!…こっちは何も変わりねぇからさ!んじゃ!』

聞けば、すぐにでも跳んで帰りたくなるのを抑えに抑えて
――メッセージに気づいたバーナビーが後で折り返せば、虎徹の電話も必ず
留守設定になっていて、直接話をする機会もないままそうして、
あっという間に1年が過ぎていた。

電話に出られないほど、実は何かあったのではと、気を揉んでいた時間は実に損をさせられた気になる。

虎徹が現場に行っていたのだとわかれば、あのすれ違い続きも
完全に腑に落ちる成り行きだ。

虎徹があえて単独で、ああして参戦しているからにはバーナビーと同じか、似たような気持ちで
誰とも組む気がないからだとは思う。
それにしても。
事後にしたって、連絡先はわかっているのだから言いにくいのなら手紙なり何なりで
ひとこと知らせるくらいできたはずだ。
女々しいとわかっているが、恨み言が自然に唇にのぼって吐き出される。

「やってくれるな、本当に」

ブツ、と唇から不満を零せば、何だか安い愚痴の様で、自分の言葉とは
思えない程に情けない。

それにしても。
何が”何でもない”に”変わりない”だ。
顔を見ないで済むとわかっていると、またこうやって平然と嘘をつくのだ。
本当に、性悪な人だ。と、現実に浮上できてきたバーナビーは一人、口の中で
悪態をつきにつきまくってやる。

この1年で、精神力は相当タフに鍛えられてきたのだ。
もう以前の様に、ずっと落ち込んでなどはいなかった。

バーナビーには虎徹以外の人間と組むという選択肢など考えもつかない。
それは、あの時も今でも、まったく変わらない真情だ。
ただ、あの時は。
虎徹が掛け値なくさっぱりした顔で、突然引退を宣言したあの時…。
ここで自分も、自身と向き合わなければいけないのだと痛烈に感じたのだ。

虎徹にふさわしい人間になりたい。
心もとない手のかかる兎ではなく。
傍らに居て、真に頼られる人間に。


それには、今のままでは中途半端だと、虎徹の夏空の様に突き抜けた明るい横顔を見て、
そう決めたのだ。
中途半端な自分を処分するために旅に出た。
自分へと繋げてくれた両親の、ささやかな歴史を辿る流浪は、本当の自分を
探りながら捜す手立てでもあった。

過去を消されて塗り替えられて、残った僅かな思い出さえも、
実は本当に自分のものなのかも定かではなくてずっと、不安で叫びだしたいくらいだった。

"バーナビーブルックスJr"という人間は、本当は誰なのか。
両親との温かな思い出。
だがそれは寄り縋るにはあまりにも頼りない、マッチの先の燐火に似て、
ひと吹きされれば闇に掻き消えてしまいそうなほどに…
切れ切れの断片でしか見えない。
あれは、そもそも本当に自分自身の記憶なのか。
サマンサも亡くなり、事実を知っていたマーベリックも、今はこの世に亡い。

何もかもわからなくなって、溶けて消えていくすべては、恐ろしかった。

だが、虎徹が居てくれた。
変わらず、僅かな微笑みをたたえながらそこにただ、居てくれた。

『知るのは、怖い。でも、知って進んだ先が真っ暗ってことはねぇよ。大丈夫だ。』
『だってよ。手を伸ばせばちゃんとこうして掴めるから』

虎徹がそう笑って手を差し伸べてくれたからこそ、
両親の出自や生きてきた小さな軌跡をたどりながらも、
ようやく自分が何であるのか――それを見つけて
探り当ててこうして初めて、自力で立つことができたのだとバーナビーは痛切に感じる。



自分を構成する要素など、欠けて無くしてもう永久に戻らないのだと、そう決め付けとっくに諦めていた。
欠けたまま、ただただ生きていくのだと。

そんな、なげやりな諦観の灰色の風景に、突然射した金色の光。
お節介だ止めてくれと拒絶しても、傍らで照らし続けたアンバーの色。
欠けていた身体の心のパーツが、少しずつ埋められていく。
己の、ずっと子供の頃に無くしたままの半身は、すぐ傍に、手の届く場所にあった。

だが、今はまだこの手を伸ばしてはいけないのだと一度は伸ばしかけた手を声を、バーナビーは封印していた。


虎徹にそんな感情を抱く自分に気づいたのは、長い長い、
あの悪夢の様な暗示が一度、明確になったと思い込んだ頃だった。
なのにまた偽の記憶を、それも虎徹を憎むという記憶を上書きされて、また失いかけた。


バニー、と。

この世でただ一人、そう呼ぶその声にあんなにも頼りなく乞われ呟かれただけで、
捻じ曲がってしまった記憶さえもが、たちまち正常な時を刻みはじめた。

あの声に。
彼に本当にふさわしい人間になるにはまだまだ、時間が必要かもしれない。
だが、いざ虎徹の目の前に立ったその時、あの傍らに自分以外の誰かがすでに
席を占めていたとしたら……途轍もなく悲しく、居た堪れない気持ちになるのだろう。

誰にも渡したくない。
そう独占するのは、ただの拙い恋でしかないと、もう知っていた。

今は。
分かちあうに充分な己を見せ曝け出し、すべて無条件で持っていかれたとしても何も悔やまないだけの
―――確かな愛を知っている。


生意気で傲慢な兎ではなく、愛を慈しみをたたえた溢れんばかりの人間として、虎徹の前に。
そうあろうと心に決めて1年、過ごした。

なのに、肝心の虎徹はひとつも変わっていなかった。
やること成す事、考えなしなのもまったく変わらない。
考えてはいても、それは大雑把すぎて穴だらけで
いつも突撃思考なせいで、悲しいくらい何事も
裏目に出てしまう。

変わらない虎徹。これはこれで、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。

そんな逡巡をしながらネットワークで捜せば、HEROTVにわずかな時間に映し出された
2部のハイライトシーンがサーチできた。

探し当てた映像を再生すれば。

ひとり、ドタバタと街中を走り抜けていく虎徹の姿。
ワイヤーは使える様だが、何か意図があって極力使わずに犯人を逮捕しようと
躍起になっている様だ。
パワーは、ワンミニットを名乗っている割にはなぜか5分続くこともあるらしいが、
結局1分で使い果たしてしまう事の方が多い様だ。
安定しない力に自ら翻弄されながらも毎日、呆れるほど
全力で生きているのだ。

それを見ていたら、怒るよりも自然と笑みが湧き上がってしまった自分に気付いて、
バーナビー自身が驚きに口をつい覆ってしまった。

こんなにも笑えてしまうほどにいつまでも変わりない相棒は、やっぱりどこまで行っても底抜けで全力で、
そして危なっかしいほどにも真剣で…そして情けないほどに必死な姿が、とても逞しくまた、美しく映っていた。


「何やってんでしょうね、僕らは」

お互い、似ても似つかない様でいてその実、根っこの部分はあまりに似すぎているのだ。

自分に嘘を吐けない。
危ういほど不器用にしか、生きられない。

だが。もし2人なら、それでちょうど良い。



ニュース映像ではちょうど、ワイルドタイガーがパワーを制御しきれずに、飛びついた犯人と共に
有名な綿花の精製工場へと
派手にダイブしていくシーンだった。

自分達の職場を壊された工場関係者が、とんだ闖入者に怒鳴り散らす中。
飛び散った綿花の山の中で、気絶して伸びきった犯人の上にちょうど良く華麗に
真上に着地したワイルドタイガーが、
犯人を見失ったと早とちりしてひたすらキョロキョロ慌てているという、何のギャグ番組かと
勘違いするほどに笑いを禁じえない映像。
それに、いったいどれだけの人間が怒り呆れ、そして最後には
吹きだしてしまうことだろうか。

不恰好でも必死でも、生きてさえいれば良い。
いつだったか、事件が解決した後の夕空の下で
虎徹はそう呟いていた。


バーナビーは、幾度も見直してはその度にこらえきれない笑いで、目尻に溜まる涙を拭きながら
マヌケまでもが健在すぎる愛しい相棒の姿に、一人噴出し笑いしながら転げていた。

そして、一通り笑い転げて涙を拭って呼吸を整えてから、とある旧知の男の番号に連絡を入れた。

「えぇ。はい、お久しぶりです。そうなんです…実は、僕のわがままも聞いて欲しいって、
そう思って図々しくお電話しました…はい…」


さて。
どんな恨み言を言いながら虎徹をちょっと苛めてみようか。
何よりも、最良の出番を演出して目の玉をひんむくぐらい驚かせてやらなくては、
この気が済まないではないか。


バーナビーは旧知の男と電話でやりとりしながら、実に愉快な気持ちになる。
愛しい小憎い相棒の、驚きの瞬間の顔を思い浮かべては、楽しい意趣返しを
あれこれ画策しつつ、口では完全にビジネスの話を進めてみるのである。

(…続く)

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