タイバニ(兎虎)

□雨が降っても傘はささない
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雨が降っても傘はささない.


傘がない訳じゃない。
傘がキライな訳でもない。

でも僕は傘をささない。


それはなぜなら、暖かな雨が心地よいから。
冷たく、刺し凍らせる雨が終わって
柔らかな絹糸の雫が降り注ぐ様が好きだから。

なぜなら、雨上がりに浮かんだ星を虹を人より先に見つけられるから。
行き交う人々がまだ傘にうつむき過ぎる中、
眼前に現れた奇跡の光景を声にはせず見上げるだけで
そこにあると知ってもらえるから。


そして――。




『なんだよバニー。お前、カサ忘れたの?』

屈託なく笑いながら僕にタオルを投げてくれる貴方がいる。



『マヌケなトコあんだよなぁ。うっわ…ビショ濡れじゃね!』

失礼なくらいに腹をかかえてまで笑い崩れながら、
ドアを開き両手を広げ迎え入れてくれる貴方がいる。




僕は、傘を持たない。
傘はささない。

持たなくたってささなくたって、もう
困ることも悲しくなることもなくなったから。

この頭の上に目の前に
空気のすべてに降り注ぐ雫のすべてに
あれほど欲しいと希んでいたものが
存在していると知ったから。

遠くに手を伸ばしても
するりと逃げて掴み取れなかったすべてが皆、
こんなにも近くに身体を取り巻いて
すぐそこに在るのだと、もう解ったから。




「いい加減カサくらい買えよ。セレブの癖してよー」
「いいんです。こうしてる方が暖かいから」

強がりでも何でもなく空を見上げて笑ってそう言えば、
貴方は隣で困った顔をする。

「んー。そういうトコがお前ってガイジンさんだ!!って思うんだよな。
にしても、カゼひいちゃしょうがねぇんだからさ」

あきれ顔でそう言いながら、貴方は自分の傘をさし掛けてくれる。

その温かな手をそっと掴んで笑いかければ
貴方は不思議そうな顔をして僕を見つめるばかりだ。

だから僕は指を指し示し、そこにある美しいものの在りかを貴方に教える。


「雨ならもう、あがってますよ。ほら、あそこに虹が。」
「あ…ホントだ凄ぇ、ラッキー!…にしても…ずいぶんとまた、でっけぇなぁー!!」


虹を見つけた貴方は子供の様にはしゃぎ、
感嘆するその瞳は輝いている。
夏雲に似てクルクルと変わる色合いの表情と瞳に、
その豊かで複雑な色彩りに僕はいつも
吸い寄せられずにいられない。

天気雨の様な桃色をした空が、頭上一面に見事に綺麗に広がって、
貴方の瞳の中にも
そのままの蜜色とオレンジを混ぜ合わせた雲が空が、
柔らかな模様になって映しだされている。

なのにその稀有の色合いを、貴方自身が見られないとは。
もし造形の神が居るなら、何と底意地が悪いのだろう。
だから、刹那に浮かんで消えるその色を、僕はすべて
覚えておこうとする。
するのに、貴方自身が見せる柔らかな笑みにいつも
すべて上書きされて忘れさせられてしまう。



「なぁなぁ、今度アレ出たら"たもと"まで飛ばしてみねぇ?」

ささやかな悪戯を思いついたその表情が、たまらなく好きだ。


「"飛ばす"側は、僕の役割ですからね」
そう返せば、貴方は言い方を気に入ってくれたのか、
愉快そうに笑って僕を小突く。


「そうそう!俺の命、全部預けてんだから。よそ見で運転ヘマったりすんなよ!」

そんな事はしないとわかっているのに、敢えて言う貴方はいつも、そうやって笑っている。

「だって。運転中でも"アレ見ろ"って言うの、貴方ですけど」

わざとため息交じりに言ってみれば、バツが悪そうに目を逸らした貴方は、いつも通りのシラを切り通す顔つきで虹の方角を見ては、不自然な咳払いをしてみせる。

「あー……ま、今は静かにあの芸術品の鑑賞タイムとしよっかね〜…」


そんな誤魔化しにもならない言葉を口にしながら
貴方が僕の肩に腕を乗せ
虹色に移り変わる両の瞳を細めて苦笑いを見せた。



僕はこうして今日も、傘はささない。
ささなくても、もう悲しくない。
貴方と2人、いつまでもこうしてこの空を見上げていられるから。


虹が彼方に消えいく最後までも、
移り変わり流れる空の色も、
漆黒に瞬く星の煌めきもすべて
今は真実に変わった美しさを見せて僕の周りを
包んで回っている。

すべての色を取り戻して、この手の中に返してくれた
貴方を中心にして。


「雨も悪くねぇな」
「でしょう…?」

傘がなくてももう、貴方も頷きながら笑ってくれる。

遠い空の向こうを見る貴方の瞳から
ふとした時に浮かぶ悲しい色が消えて今は
穏やかで温かな光が溢れ出る。

この美しい景色をいつまでも見ていたいから。
1分でも、1秒でも。誰より長く誰より近く。


だから僕は傘をささない。
ささなくても、貴方が満たしてくれた温かさをもう
疑うことなどないのだから。


end.



2012.06.29

いつまでも煮溶けてろ!なベタップルで。
短編というよりは詩ですね、詩。
関係ないけど今日はニクの日だったと今、気づきました。
ニクと言えば…草食卒業バニーとか…いつになったら"肉"っぽいハナシが書けるんだろう……。もっと肉を食えば何か変わるでしょうか(笑)。

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