タイバニ(兎虎)

□趣味はホドホド、いい加減になさって。
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1.
――――――――

虎徹さんがレジェンド大好き、レジェンドマニアで相当の金額を注ぎ込んでいることは
いまさら言うまでもないことだ。
なにせ子供の頃からのレジェンド愛をン十年も貫き通し中なのだから、もはや筋金入り職人の域といってもいいのだろう。

先日、HEROTVと飲料メーカーとのコラボで『ウルトラHEROクイズ』とか言う番組が
録られた。hero's barとのタイアップ企画でもあるらしい。
その番組収録にゲストコメンテーターとして僕等は2人して呼ばれた。
そういった色物的な営業サポートもこなすのがいまどきヒーローというものだ。

ゲストコメンテーターと明示されてるその段階で、現役ヒーローである虎徹さんが
解答者として出る訳にはいかないのは、その頭の中で充分、わかっていたのだとは思う。
なのに虎徹さんは現場で涙目になっていた。


"レジェンドのことなら俺の右に出る奴なんていやしないのに!"

って拳を震わせて。心底悔しそうにプルップルしちゃって。
そりゃそうなんでしょうけども、子供じゃないんですから…。

そんな本気の涙目をして見せたところで、(僕には十分通用しまくりますけど)
目から黒い炎を噴き出す勢いであっちから睨んでる視聴率の鬼神・アニエスさんなんかに
そんなベタなお情け頂戴テクなんて、塵ほどにも通じる訳がないんだ。

ところが、そんな虎徹さんには人脈の強運はあるらしく。

飲料メーカースポンサーの担当者がやはり大のレジェンドファンだった様で、
コア好き同士気が合ったとかで休憩中も
(僕をほったらかしにしてまで!!!酷い!)
お互いのコレクションをスマホで自慢しあったり熱くコア者同士でのレジェンド談義に
JKみたいにはしゃいだりして…。
(同じ嗜好性を持つもの同士の絆なんて理解しろと言うのが無理無理)
とうとう、虎徹さんは当日収録の進行を変えた。
ぜんぜん予定になかった、ゲスト解答者の枠をちゃっかり得てしまったのだ。


という訳でスポンサーパワーを得て、ちゃかちゃかとゲスト回答者の席を得た虎徹さん。
録りでは自らの宣言通り、レジェンド関連ではパーフェクト解答をしてみせていた。
とはいえ、他のヒーロー関連の知識はあやふやなので、総合優勝は当然、HEROオタクな一般人が攫っていったのだったが。

『やった〜!どーよバニーちゃん!』

で、なぜか虎徹さんに特別賞だとかで番組スポンサーから賞品が与えられた。
とんだ大甘スポンサーもいたものだ。
賞品は……まあ、正直イヤな予感はしたがその通りな…若かりし頃のレジェンドスーツ。

無論、本物ではなくレプリカだけど、忠実に寸法まで再現したとかの
シリアルナンバー入り超限定ものという事だった。
そんなモノをもらって当然だが、虎徹さんは煮溶けて正常判断ができないくらい舞い上がってるし。僕が強引に引っ張って帰ったからいい様なものだ。
まったく。いくら同好の士と言えど、そんなレアものをポンとくれるなんて、気前良すぎる。

マジで下心ゼロなら、個人のメアドをわざわざ名刺に書き込んでまで
虎徹さんのポケットにねじ込んだりしないしな。

なので今後、あのスポンサーオヤジが虎徹さんに接触してこようとしたら
僕が全力排除しておこうと決める。
なにせこの人、良くぞここまで無事に…としか思えないくらい、個人領域=隙だらけだから。



さて。
虎徹さんは帰ってからずっと、その賞品を恭しげに引っ張り出しては
顔中の部品という部品すべてを下げて、飽きもせず見入っているという有り様だ。
正直、そんなモノを貰ってここまで喜ぶのはここに居るこの虎徹さんぐらいなんじゃないかと思う。
眺めたり抱きしめたりと今、心底うれし恥ずかしそうにしてる。
そのポヤ溶け顔も今は僕しか見てないから、まぁ良しとするが。

―――これが

"寝るときも片見離さずの抱き枕"だとか
"いつも抱かれてるみたい!おやすみシーツ"
な状態にしようとしたら、いくら虎徹さんに寛容な僕でもキレる。
どうお仕置きしてくれようかモードになるだろう。

「どうしよう…これマジモンのレアモノなんだぜー。ヤングレジェンドバージョンってのはよぅ、もちろんあの頃のHEROTVって人気なくってグッズなんて一切出てなくてだなぁ。
これだってファンの間でも幻か!?ってくらいで再販もなくってさあ…1967バージョンてのがそもそもあってだな…」
「あぁ…そうなんですね〜」

はいはい、嬉しいのはもう充分わかりました。貴方のレジェンドあるある知識も凄いです。
はぁ。
虎徹さんを傷つけない物言いとか返答で対応しようとは思うのだが、これが結構努力が要る。
そもそも僕にとって、まったく興味をひかない事なんだ。レジェンドコスなんてものは。
あー、もう。
正直、虎徹さんの趣味だからそれごと丸ごと受け入れてあげたいと思うんだ。思うものの、
レジェンド愛スイッチがいったん入ってしまうと最後、あとはネバーエンディングモード。
ほんと延々続きまくるのだから厄介なんだ。
レジェンド自慢でまるまる、一夜が終わって朝を迎えるのではこっちは堪ったものじゃない。

どうせ自ら着て披露してくれようというならもちろん…虎徹さんの
旧タイガースーツが良いに決まってるじゃぁないか。

あの担当者も大概、気が利かないな。
どうせなら旧タイガースーツとセットでくれれば良いものを。
そしたら、どうにかおだてて虎徹さんに旧スーツ着せて僕が楽しむなんてことができたのに。

仕方ない、それは今度自費で買ってくるか…と考えを巡らせていたところで虎徹さんが何やら、
ソファの上に広げたレジェンドスーツの前で難しい顔をして首を傾げウンウン唸り出しているのに気づいた。
今度は何を考えているのやら。

と、やけに思慮深そうな目の色をして、キリっと格好つけたキメ顔にしながらシリアスに、虎徹さんは僕を見上げてきた。

「レジェンドさんのこう、堂々としたカンジって若い頃からあってさ、こんな薄っぺらじゃ全然!表現も何もできてねえんだ。」

真剣に力説してる。
あぁ…そりゃ、そうでしょうね…。
脱皮したてのヘビ皮みたいですもんね、中身がなければコス衣装のスーツなんて。


「やっぱ中身があってこその再現つーか、せっかくここまで良くできてるヤツだし。こう、中身付きで見たいよなぁ、うん」

だから。四の五の言ってないで自分が着てみれば良いだけでしょうに。

「試しに着てみればいいじゃないですか。先方も、そういう自由も含めて
貴方に下さったんでしょうし」

「うーん。そりゃそうなんだろうけどな。俺着ても…イマイチ雰囲気が違いすぎってかさぁ…
俺、色黒だしさぁ。その、何?レジェンドのこう、どんなに威厳あっても滲み出ちまう育ちっつーか
品の良さとか?ダンディズム?あー、いやいやいやもうっ!俺なんて全然〜…っ」

顔を赤らめて必死に手足をバタつかせ、一人でモジモジモダモダしてる。
真剣に乙女悩みしてるかと思えば、脳内はそれか。
コスプレのプロかアンタは。腐れレジェンドオタだろうが!
そもそも、品が良いってアンタ…僕を目の前にしてレジェンドの方が上!!?

…と罵ってやりたいキモチをぐぐっと抑える。
そう、僕はもうDT…じゃなかったお子様扱いなんてされたくないですからね。

「マスクで隠れるほうが多いから、わかりにくいとは思いますが。そんなに気になるなら、簡単ですが
白肌メイクしてあげましょうか。急な撮影対応用でいくつか持ってるんで」

僕もツボを抑えるのがうまくなったというか、心得たものだと自画自賛・大絶賛だ。
すると、僕の提案に虎徹さんは今度は身を捩って耳まで真紅にして、
それこそ全力で恥ずかしがりはじめた。
どんだけ乙女なんだ、レジェンドネタの前では。

「え!!いやもうメイクしたってよー…おこがましいってかそもそも…恥ずかしいじゃん?俺がその…レジェンドさんの中身になる!…なんて。だって、俺がレジェンドさんを着ちゃう?…え、いやダメダメダメ、無理!俺レジェンドさんに包まれて……?!あ、ダメ!そんな…ぁ」

悶えるんじゃない!!
なんか知らないが腑が煮えくり返ってきた。
いや、可愛いんだけど。録画しときたいレベルで可愛いんだけど、そんな媚態してる原因が
僕には理不尽すぎるんだ。
レジェンドの皮着るくらいで何恥じらってんですか!?
虎徹さんの、その恥じらい基準の程度が知りたいですよ!

だって僕が―――イケメンオーラ全力全開!ふるえるぞハート!燃え尽きるほどヒート!!…で
閨事を迫った時よりも、ほんとにあり得ないほど真っ赤になって身を捩じらせてまで恥らうって、どういう事?あり得ませんよ。いったい、何をどう想像してんだ?

「…そうまで恥ずかしいんなら、時々飾って眺めれば良いじゃないですか」

はあ。僕もこの人のおかげで相当ガマン強くなりましたよ、父さん母さん。
レジェンドモードな虎徹さんの欲求をできうる限り満たしてあげて、とりあえず気が済むまでレジェンド自慢に付き合ってあげてますからね。


そしたら―――あとは僕のターンに持ち込むだけだからな。


僕の提案に、眺めるだけってのもなぁと小さくため息を吐いて虎徹さんは、レジェンドスーツの表面を指先でたどった。
つー、と撫でるその仕草が妙に悩ましげだ。

今まさに、とんでもなく罪作りな仕草をしているとは、これでまったく意識していないのだから本当に底知れない怖い人だ。

と見ていると、急に何か思いついたのか一転してパァっと顔を輝かせた虎徹さんが僕の隣にドッカリ座り、両手にレジェンドスーツを握り締めて迫ってきた。
普段、自分からはシラフでここまでスキンシップ的な接近をしてこない人にしては、珍しい。

「んなぁなぁバニーちゃん〜」

こうまですりすりと寄ってくる時、この人はロクな事を考えていない。
積み上げてきた僕の"虎徹スキル"が、そう囁いている。

「俺、名案思いついたんだわ。」
「名案て。」
「そう。大名案!バニーがコレ、着てくれよ!」

は…ぁぁぁぁ?
バカでしょう!って、そんなお馬鹿を好きな僕も大概なんだけれど今、そこは言及すると思考が永久虎徹ラビリンスに突入してしまうから、やめておこう。

そもそも、自分が着るのを恥ずかしいなんてものを、僕に着せようとかヌケヌケと考えたのかこの人は。
まぁ、その"恥ずかしい"の基準軸がフツーの人とまるで違っている人なんだから、そこを突いても痛くも痒くもないんだろうけど。

「何で…そうなるんでしょう」
「言ったじゃん。俺じゃ地黒だしそもそも髪も色違うしさぁ。その点、お前って美肌色白じゃん」

で?
おバカな虎徹さんは僕をキラキラ目で、ジーーっと見つめてくる。
もう脳内である程度想像しているところなのか、呼気が若干早くなっていて、鼓動まで早めて頬まで上気させている。
金茶に縁取られた両目の明るい蜂蜜色が、より冴え冴えとキラキラ輝く。

「だってよぉ。せっかく、これが映える色した金髪してんだし〜?」

くっ…何だよ結局そこか!
金髪なら誰でも良いのか!その程度の動機づけで、何のどこが"せっかく"なんだ!!?
金髪なんて金髪なんて…全シュテルン市民の何割がブロンドだと思ってか。
うまい事言って騙くらかそうったって、そうは簡単にいかないんですからね!

「き、金髪ってだけならスカイハイさんとか折紙先輩にでも、お願いしたらいい話じゃないですかっ!」

敗北感…オンリーワンで選ばれたのではない事実が妙にやたらと悔しくて言い返せば、虎徹さんは至極まじめな表情で、諭す様に僕に語りかけてきた。

「それ、間違ってるぜバニー。」
「何が」
「アイツラじゃ出ない。良いカンジのパワー系オーラの威厳、みてぇな?」
自分で言っておきながら、疑問形で語尾上げはやめてほしかった。

「うーんと……そうそう、雰囲気雰囲気。それだそれ」
「そんないい加減な!」
僕もついつい、食ってかかって言い返してしまった。
曖昧だ。動機が曖昧すぎるだろ!取って付けたカンしかしないじゃないか!
褒められてる気がしないったら、ない。

「いやです。僕にどうしても、って必然性が説明できてないじゃないです!
思いつきで言ってるだけでしょうが」
「んにゃ。スタイリッシュなお前なら、ぜったい似合うって!まぁ……そりゃ顔ラインとかはさ。
確かにお前さんは小作りだからまるっきし違ってっけど、レジェンドさんの若い頃ってさあ。
こう、結構顔もシャープだしさぁ…やっぱほら、イケメンにこそ似合うコスっての?レジェンドさんのカッコよさと男らしさを兼ね備えたフォルム。うん!イケるぜ、お前グーだ!」

虎徹さんは立て板に水でまくし立てながら親指立てて、僕に迫る。
何がグー?それにレジェンドって…上品?え…?そもそも、アレはイケメン範疇なのか?

僕はオヤジ化したレジェンドしか、知らない。
大概の現代人の記憶に残るレジェンド像って、ジャスティスタワーの巨大像、アレじゃないのかアレ。
そりゃ確かにその素顔は誰も知らないから、そこは断定しきれないけれど、え…アレで…
イケメン?上品…?
虎徹さんのハートにはスポットヒットしてるから相当上乗せして見えでも当然なんたろうけど、一般的評価はどうなんだって話だ。
レジェンドって…北国の大河で遡上するシャケなんか待ち伏せで捕獲したりトドと素手で格闘して豪笑でもしてそうな、いっそ野生の王国的・熊チックなイメージしか浮かばないのは、僕ばかりではないと思う。

「こ、断ります!僕は、着ませんからね。それより……他にもっと有意義な事がしたい。せっかく、こんな静かな夜なんですよ…?」

出動のかからない公休に、2人きりで事件も起こらない夜。
それが何が悲しくて大の大人2人で雁首揃えて、往年のヒーローコスごっこで夜明かししなきゃぁならない。

お互い大人なら他に――することなら幾らでも…そう、いくらでもあるっていうのに。

こうなればタイミングは若干早いが、誘いオーラを盛り盛りで、こちらも迫り返すしかないだろう。
妙な展開に転びつつあるのを、軌道修正し、一気に正常軌道に持ち込むチャンスは今だ。



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2.へ 続く…。


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