宝石の国の薔薇薬
□第一章 王太子は攻略困難
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――王太子を見守れ。
とは、昔から母に言われてきた言葉だ。王家に親しく仕える者として当然のこと。だから近衛騎士を目指してきた。
だが、此度言われたのは別のことだった。
「マリー、そなたも、もうすぐ十五になるのう」
澄んだ声で母、アンナが唐突に切り出した。
「うん、そうだね」
誕生日プレゼントの話題か何かだと思って、マリーは声を弾ませた。
「誕生日には王宮に行こう」
王家とも親しいクラウゼヴィッツ家にとって、王宮への行き来は珍しくもなく、特に不思議には思わなかった。
「豪華なパーティーでもするの?まあ、ジークはあんまり構ってくれないだろうけど……」
王太子、ジークフリートとは、幼い頃からよく遊んでいた。しかし、十八歳ともなると一応女の子のマリーとはあまり仲良くしてくれない。特に最近は。
「ふふ、仲良くするのに苦労しているようじゃな。ジークフリート殿下も思春期の青年ゆえ」
アンナは長い睫毛を伏せて、麗しい口元に笑みを称えた。
「マリー、殿下を惚れさすのじゃ」
マリーは耳を疑った。
「は?」
「殿下と恋仲になりやれ」
「…………はあ?」
「もうそろそろ女らしくして、殿下の心を射止めねばのぉ」
「はあああ!?」
「ええい、何回聞きなおすんじゃ!」
「だって、あり得ないもん、母上。僕が殿下と恋人に?冗談じゃない、ちゃんちゃら可笑しいや」
マリーは一人で笑い出した。
「冗談ではない。マリアンネ、そなたは王太子殿下の婚約者じゃ」
「コンニャク屋?美味しそうだね」
マリーは先日食べた東洋料理を思い出した。ぷにぷにとした食感がなんとも珍しかった。
「婚約者じゃ」
「ああ、大根役者!」
「婚約者!わざとボケおってからに。――そなたがあまりにも剣にしか興味がないので、言っておらなんだがな、生まれた時からの許嫁じゃ」
「知らないよー!僕の夢は王太子をお守りすることだよ」
「同じことじゃ。王太子妃、ひいては王妃として殿下を支え、激励し、見守るのが務めである」
――王太子を見守れ。
その意味。まさか。
(履き違えた!?)
「だが、この話は内々に進められてきたからの。最終的に決めるのは殿下じゃ。だから殿下を惚れさせよと申しておる。クラウゼヴィッツ家の繁栄に一役買うのじゃな」
衝撃的過ぎて話が呑み込めない。ジークフリートのことは、確かに慕っているが、一家臣としてだ。
「それに残念ながら、女は近衛騎士にはなれぬ。諦めよ」
(そんなぁ……)
こうして、マリーの近衛騎士への道は絶たれたのであった。
アンナが、したくもない政略結婚を強要する非道い人間なのではない。クラウゼヴィッツ家のような大貴族では、普通のことで、むしろ結婚とはそういうものだ。
だが、大貴族にしては自由過ぎる家風の下で育ったマリーにとって、騎士になれないことだけは、それゆえに辛かった。