宝石の国の薔薇薬

□第二章 恋の薔薇薬
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 ここ数日、ファニー・ヘンゼルの研究室に通いつめているマリーであった。
 自慢の器用さで、調合の手伝いもしている。もちろん、薬自体を作り出す魔法は使えないが。
「研究室だなんて、魔法なのに科学みたい」と言うと、融合よ、と答えられた。魔法と科学は相容れないと思っていたマリーは、単純に驚いた。
 ここは研究室兼薬局のようなところで、直接ファニーに症状を伝えて、その場で薬を調合してもらう患者もいた。
「また、肩の調子が悪くなったらいつでも相談してくださいね」
「ありがとう。頼りにしてるよ、ヘンゼル女史」

 客を見送った後、ファニーはマリアンネに尋ねた。
「マリー君、王太子殿下と婚約するそうね」
「……!!」
「いいわねぇ、あんないい男と結婚できて」
「や……そ、そうですかね?」
「そうよぉ!ジークフリート様と言ったら、王宮中の女性が焦がれる超美形王子じゃないっ」
 ファニーは眼鏡の奥で瞳を煌めかせた。
「でも、まだ正式に決まったわけじゃないですし。他にも候補がいるし」
 一夫一婦制のユヴェーレンでは、王太子妃になれるのは一人と決まっている。他の候補者が妃となれば、マリーはお役御免だ。
「だいたいジークは僕に興味ないみたいで」
「ふぅん、マリー君は気があるのね?」
「ち、違いますっ!」
「マリー君なら大丈夫よ。可愛いし、家柄も文句無し!」
 ファニーは満面の笑みを浮かべたが、マリーは顔を下に向けた。
 その表情に、おや、とファニーは目を留めた。
「ふふ、よっぽどジークフリート様が好きなのね」
 ファニーはマリーの頭を撫でた。
「まさか!ジークとは兄と弟みたいなものなのに」
「あら、そう。……まあいいわ。これをあげる」
 宝石の戸棚から、一粒の石を取り出した。丸く研磨した、薔薇色の石だ。
「ローズクォーツよ」
「薔薇水晶(ローズクォーツ)?」
「ええ、恋のお守りなのよ」
 ファニーは艶やかな唇に人差し指を当てて、断られる前にマリーの手に握らせた。
「ローズクォーツも、薬として使えるのよ。効能は、心臓に関する病の治癒、あと血液循環を良くしたりするわ」
「すごいですね」
「そうよ。水晶は基本的に一番薬として役立つの。浄化作用が高いから。そうだ、これからローズクォーツの精製をしようかしらね」
「見てもいいですか?」
「ええ、ただし魔方陣の内側に入らないように」

 宝石の精製とは、薬にするために、宝石を一度液体状にすることである。
 興味があって、今までも何度か見せてもらった。
 まず、研究室の奥の暗室の小テーブルの周りに魔方陣を描く。ファニーが不思議な杖で描いた形が、光となって浮き出る。
 鮮やかな手際で、あっという間に神秘の空間が作られた。
 そして、ファニーは未研磨のローズクォーツの原石を両手で包み込む。すると原石は薔薇色の液体になり、フラスコに流れ込む。
 この過程で、宝石の魔力が薬として〈有効〉となるのだ。
 これに、薬草や他の石の精製液やらを調合して、薬は完成する。

 毎日研究室に足を運ぶのは、これが見たいからかもしれなかった。
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