ショートストーリーまとめ

□ショートストーリー集
1ページ/1ページ



金のオルゴールと菫のティーカップ

−−−−−−−−−−−

大好きなオルゴールがある

硝子のドームの中に、
ゆらゆら揺れる金の木馬

その下で
クルクルまわる円筒が
軽やかなワルツを奏でる

その上で
チクタクうごく時計針が
静かに時間を指し示す

いつまでもいつまでも
ながめていたい

−−−−−−−−−−−


ガシャン!
耳障りな音が床で鳴り響いた。
しまった、とフィロメナは思った。
大切なティーカップを割ってしまった。
菫の花を描いた小さなティーカップ。
誰が言い始めたわけでもなく、フィロメナ専用だった。
「どうしよう……」
今は人生で三回目のお留守番中だ。十歳にも満たないフィロメナは途方に暮れた。
いつもは聞こえない時計の動く音が耳につく。さらに不安を掻き立てる。
「そうだ、とけい!」
お気に入りの時計付きオルゴールを取りに行った。

「おねがい、時間をまきもどして」
割れたティーカップの前で、フィロメナは魔法の時計に祈った。
すると周りが、陽だまりに置いたトパーズのような黄金の光に包まれた。
目の前で、ティーカップがもとに戻っている。
「わあ!」
思わず声がもれた。
それは幻想的な光景だった。

フィロメナはいろんなことを思い出した。

はじめてティーカップで紅茶を飲んだとき。たしか、とても熱くて、泣いてしまった。そしたら母がふうふう、と息を吹きかけて冷ましてくれた。

いつもは料理と無縁な父が、珍しくホットチョコレートをつくってくれた。焼いたマシュマロを浮かべた気がする。

眠れないとき、母がミルクをあっためてくれた。それを飲みながら、きらきらとしたお姫様の童話を聞いていたら、何時の間にか寝てしまった。
…………

気がつくと、金色のオルゴールを抱きしめたまま、壊れたティーカップの前で座っていた。
「カップ、もどってない!」
フィロメナは泣き出した。
魔法の時計なんて、存在しなかったのだ。

泣き疲れて、涙も涸れる頃、両親が家に帰って来た。
「パパ、ママ、ごめんなさい……カップをこわしちゃったの」
涙を堪えながら小さな声で言った。
「怪我はなかった?」
父が穏やかな声で問う。
「うん、だいじょ、ぶ」
限界だった。両親のやさしい眼差しに安心してか、堰を切ったように涙が溢れ出た。
「あらあら」
母は泣いているフィロメナを抱きしめた。
「ものはいつか必ず壊れるものよ。今までいっぱい使ってきたでしょう?だから、そのカップに感謝しなきゃね。新しいカップを買ってあげるから安心して」
「よし、パパがティーカップのお墓を作ってあげよう」

陶磁器の破片を白い箱に入れただけの簡素なものだったが、フィロメナは嬉しかった。
父と一緒に、箱を庭の木の下に植えた。
辺りには小さな菫が咲き誇っている。

「ありがとう、ティーカップさん、たくさん思い出くれて、ありがとう」

何度もお墓に話しかけて、やっとフィロメナは家に入った。
鮮やかな金色の夕陽の下で。


−−−−−−−−−−−
ご清覧ありがとうございます。
皆様の大切な思い出が、暖かい光につつまれますように。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]