金のオルゴールと菫のティーカップ −−−−−−−−−−− 大好きなオルゴールがある 硝子のドームの中に、 ゆらゆら揺れる金の木馬 その下で クルクルまわる円筒が 軽やかなワルツを奏でる その上で チクタクうごく時計針が 静かに時間を指し示す いつまでもいつまでも ながめていたい −−−−−−−−−−− ガシャン! 耳障りな音が床で鳴り響いた。 しまった、とフィロメナは思った。 大切なティーカップを割ってしまった。 菫の花を描いた小さなティーカップ。 誰が言い始めたわけでもなく、フィロメナ専用だった。 「どうしよう……」 今は人生で三回目のお留守番中だ。十歳にも満たないフィロメナは途方に暮れた。 いつもは聞こえない時計の動く音が耳につく。さらに不安を掻き立てる。 「そうだ、とけい!」 お気に入りの時計付きオルゴールを取りに行った。 「おねがい、時間をまきもどして」 割れたティーカップの前で、フィロメナは魔法の時計に祈った。 すると周りが、陽だまりに置いたトパーズのような黄金の光に包まれた。 目の前で、ティーカップがもとに戻っている。 「わあ!」 思わず声がもれた。 それは幻想的な光景だった。 フィロメナはいろんなことを思い出した。 はじめてティーカップで紅茶を飲んだとき。たしか、とても熱くて、泣いてしまった。そしたら母がふうふう、と息を吹きかけて冷ましてくれた。 いつもは料理と無縁な父が、珍しくホットチョコレートをつくってくれた。焼いたマシュマロを浮かべた気がする。 眠れないとき、母がミルクをあっためてくれた。それを飲みながら、きらきらとしたお姫様の童話を聞いていたら、何時の間にか寝てしまった。 ………… 気がつくと、金色のオルゴールを抱きしめたまま、壊れたティーカップの前で座っていた。 「カップ、もどってない!」 フィロメナは泣き出した。 魔法の時計なんて、存在しなかったのだ。 泣き疲れて、涙も涸れる頃、両親が家に帰って来た。 「パパ、ママ、ごめんなさい……カップをこわしちゃったの」 涙を堪えながら小さな声で言った。 「怪我はなかった?」 父が穏やかな声で問う。 「うん、だいじょ、ぶ」 限界だった。両親のやさしい眼差しに安心してか、堰を切ったように涙が溢れ出た。 「あらあら」 母は泣いているフィロメナを抱きしめた。 「ものはいつか必ず壊れるものよ。今までいっぱい使ってきたでしょう?だから、そのカップに感謝しなきゃね。新しいカップを買ってあげるから安心して」 「よし、パパがティーカップのお墓を作ってあげよう」 陶磁器の破片を白い箱に入れただけの簡素なものだったが、フィロメナは嬉しかった。 父と一緒に、箱を庭の木の下に植えた。 辺りには小さな菫が咲き誇っている。 「ありがとう、ティーカップさん、たくさん思い出くれて、ありがとう」 何度もお墓に話しかけて、やっとフィロメナは家に入った。 鮮やかな金色の夕陽の下で。 −−−−−−−−−−− ご清覧ありがとうございます。 皆様の大切な思い出が、暖かい光につつまれますように。 |
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