ショートストーリーまとめ

□宝石の国の薔薇薬
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完結記念SS

☆宝石の国の愛情料理☆


「んー、なんっか焦げ臭いなぁ……」
 マリーは目玉焼きを頬張りながら、眉根を寄せた。
 パンとサラダと目玉焼き。マリーの日常の朝食メニューだ。
 とりわけ、幼い頃に王宮で美味しい目玉焼きを口にしてからというもの、目玉焼きはマリーの好物だった。
 マリーは料理こそ、そこまで得意ではないものの、手先は器用だ。しかし、目玉焼きだけは何故か必ず失敗するのである。
 王宮で食べたあの味を、と思って研究を重ねるが、うまくいかない。
 王宮を訪れたついでに、調理場を借りて作ってみたのだが、やはり失敗だ。
 王宮で使う高級卵が美味の理由ではなかったらしい。そもそも、クラウゼヴィッツ家の卵も相当高級であるが。
「何やってるんだ?」
 頭上からジークの、深みのある声が聞こえた。
 驚きよりもすごい何かで、心臓がはねる。目玉焼きを含んだ頬が火照った。
(ぼ、僕たち恋人……なんだよね……?)
 正式な婚約はマリーがもう少し大きくなってからだが、一応恋人ということになる。お互い好きなのだから。
「ジーク! や、あの……目玉焼きを作ったんだけど、うまく焼けなくて……」
 すると、マリーのフォークを持つ右手を、ジークを大きな手で掴まれた。
 そのまま、美しい口元に運ぶ。
(ひ、ひやぁぁ……)
 彼の感じる体温と一挙一動にドキドキしてしまう。
 どんなに〈男の子〉を装っても、ジークの前ではあっという間に恋する乙女だ。
「おい……なんだこれは」
 低い呟きが聞こえた。
「え…………?」
 困惑した表情で、ジークの方を向く。
「どう考えても焦げてるだろ!!味付けもおかしい!お前はいっつも、こんっっな目玉焼きを食べてたのか!!!」
「こんな目玉焼きとは何さ!僕が一生懸命作った目玉焼き君をケチョンケチョンに貶すなんて!」
 先刻までのときめきを返してほしい。台無しだ。
「いいから、フライパン貸せっ!」
 そう言ってジークは、一目散に向かいの調理台に行った。
 華麗なる腕前で、瞬く間に完成した。
「ほら、食え」
 コンパスで描いたような白い円。真ん中にまん丸のお月様。
 完璧な目玉焼きがそこにあった。
「――――っ!」
 マリーは絶句した。
 本物の王子に料理など出来ないと思っていたからだ。
 使用人がいくらでもいるから、家事のようなことをやったことがない、と。
「君、料理なんてできたの!?」
「私をそんなに馬鹿にしてたのか」
「だって、料理ができる王子様なんて聞いたことないし……」
 などと言いつつも、一口頬張ると――。
(あの味だ…………)
 マリーが数年食べていなかった王宮の目玉焼き。
 あの、一番好きな目玉焼き。
 口に入れた瞬間、雲のようにふんわり、とろりとした口どけ。
 まさに探していたものだ。
「この目玉焼き……君が作ってたの?」
「なんだ、知らなかったのか」
「だって!目の前で作ってもらったことないし。確かに、王宮でしか食べれないと思ってたけど……」
「小さい頃、お前がお腹が空いたとあまりに駄々を捏ねていたので、私自ら料理した。するとお前がすごく美味しそうな顔をして目玉焼きを食べるので、お前が来る度に朝食に出していたのだ。最近は私が忙しくて作れなかったが」
「そう……だったんだ」
 そこでマリーは、ジークの完璧主義を思い出した。
 ジークは、室内を絶対に使用人に片付けさせようとせず、自分で整頓する。ジークの部屋には、それこそ埃一つ落ちていない。
 おそらく、炊事、洗濯、掃除、どれも完璧にこなすはずだ。
 まさに。
「お母さん!」
 目をキラキラ輝かせて頓珍漢なことを言うマリーに、ジークは唖然とした。
「マリー、〈お母さん〉はないだろう」
「へ?」
「結婚するのだから、旦那様とか呼んだらどうだ」
「だっっ!?」
 もちろん、ジークがマリーに言わせたいだけだ。
「ま、まだ結婚してないのに……」
「つれない細君だな。……冗談だ」
「――っ!」
 完全にジークのペースに巻き込まれている。
「別に料理が趣味とかではないぞ。マリーの喜ぶ顔を見るのは趣味だが」
「…………」
「だから料理だってする。お前のためなら何だってやろう」
 何だって、というのが引っかかる。
「ありがと。……でも僕のために死ぬとかはやめてね」
「さすがに、それは無理だ。命は惜しくないが、王太子としての責任はきちんと把握している」
 未来に王となる者が、おいそれと死ぬわけにはいかない。
「その代わり、そのような状況にはさせないことを約束しよう。それが王族としての、守り方だ」
 命と引き換えにマリーを守らねばならない状況自体を回避する、とジークは宣言した。
「それは嬉しい。……でも」
「でも?」
「でも、命が惜しくないとか言わないで。ちゃんと自分の命を大切にしてよ。君に守られた僕の命なんて意味がない。自分の身は自分で守るよ。君と一緒に生きるから意味があるんだ!ジーク」
 それは、強い意思のこもった言葉だった。
「そうだな。私が間違っていた。お前は私に何かしてもらわなくても、大丈夫だものな。だからこそ、王太子妃に相応しい」
 男顔負けの腕っぷしと度胸、責任感。
 王太子妃に必要なのは、守られるだけの可愛さでは決してない。
 ジークは、よくできました、と言ってマリーを抱き上げた。
「はぎゃっ!?」
 そして思いっきり、顔を近づけてくる。
 キスされる、と思って目を閉じたが、何も起こらなかった。
 目の前で、ジークが微笑を浮かべてじっと見つめている。期待を含んだ蒼穹の目で。
(ぼ、僕からするの!?)
 マリーは腹を括った。
「ぁ、だ、旦那様。め、めめ、目を閉じてくださぃ……」
 ジークはクスっと笑って、けれども目を閉じてくれた。
 マリーは彼の頬を包み込み、軽く口づけた。
 が、すぐにジークの手がマリーの頭を押さえて離さなかったため、長い長い、情熱的なキスになってしまった。
 砂糖菓子のがまだ甘さ控えめだ。
 キスの後、ジークの腕の中でマリーは深呼吸してこう思うのだった。

(んん〜〜〜! やっっぱりジークってイイにおい! サイコー!)
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