ショートストーリーまとめ

□宝石の国の薔薇薬
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拍手御礼SS

☆宝石の国の友情料理☆


 侯爵令嬢マリアンネは、自宅の城からほど近い、とある家に来ていた。
「〜〜〜〜〜〜っ!?」
 口の中で、ぐにょ、というか、ぷにゃ、というか、そんな感触がした。
「なんだこりゃあ!」
 灰色の物体。
 黒いつぶつぶ。
 謎の食感。
 噛み方がわからなくて戸惑っていると、いつのまにか、ぐにゃりと潰れていた、それ――。
「蒟蒻だ」
「コンニャク!?何だそれ」
隣に座る友人、オリビエが煩わしそうに答える。
「東洋料理だ。蒟蒻という芋を加工して作る」
「芋!?」
「粉状にして、いろいろ混ぜて固めるとそうなるらしい」
 なんとも曖昧な説明である。
 オリビエは料理好きだが、コンニャクという物体は、創作ではなく加工済みのものを買ったようだ。
「ちなみに、こっちではその芋のことをトイフェルスツンゲという」
「トイフェルス(悪魔の)ツンゲ(舌)!?」
「奇声を発するな。うるさい」
「なんだと!」
「まったく。そんなんだから、王太子にも邪険にされるんじゃねえの」
「!」
 落ち着いた低い声。オリビエは感情的にならず、静かに挑発し、しかも痛いところを突く。
 本当にむかっ腹の立つ男だ。
 でも。
「自分の感情に任せて暴走ばっかしてないで、ときには相手を慮れよな」
 至極最もだ。最もだからムカつく。
 しかし、オリビエの助言は正直役に立つ。
 それがまたムカつくのだが、良い友人を持った、と心のどこかで認めている。
「どうだ、うまいか?」
 蒟蒻自体にはさほど味がない。
だが、ほんのりと酸っぱいような、甘いようなソースが絶妙だった。東洋料理なのに、味付けはユヴェーレン風だ。
「すごくうまい。悔しいけど、これは美味しい……」
 オリビエは微かに笑った。気がする。
 常時しかめっ面なので、見抜くのは至難の業だが。
「ふん。ま、俺の料理が不味いわけないな」
(すぐにそういうことを言う!)
 だが、反論できるわけがない。わざわざオリビエのところに料理を食べに来ている身としては。
 別の言葉を探さなくては。
「さっすが〜!さすが僕の友だちなだけある!」
 僕の友だちだから料理が上手いのだと屁理屈を言い張った。
 だが、思わぬところで反応された。
「だっ、誰が友だちだ!」
 マリーはニヤリと笑った。いつも冷静な彼の慌てようは面白い。
「そんなものになった覚えは……」
 と、そこで口を噤む。
 マリーがちょっぴりの悲しみを、藍玉の瞳に浮かべていたからだ。
「いや。友だちじゃない、というより……別に俺の料理はお前とは関係ない……」
(本当にそうか……?)
 食べる相手がいるから、料理は美味しくなるのではないか。
 どんなに良い食材を使ったところで、気持ちがなければ美味しくならない。
 母親の料理が高級料理に勝るように。
 もっとも、オリビエは母がいないのでわからないが。
(そういや、蒟蒻料理を作るときも、こいつの喜ぶ顔が浮かんだような……)
 誰かを思って作る。おそらく一番大切なこと。
「ねえ、オリビエ」
「なんだ?」
「また食べにきても……いい?」
 オリビエは溜め息混じりに答えた。
「どうせ駄目と言っても来るだろ。……いいぜ、いつでも来な」
 友人だからな、と小さく付け足す。
 マリーの顔はパッと晴れた。
「ありが……」
「その代わり、王太子とも上手くやれよ」
「うぐ……」
 マリーはきまりの悪そうな顔をした。
 オリビエはマリーより少し大人なので、彼女の気持ちを看破していた。
(ホントにマリーってわかりやすいよなー。でも自分じゃ気づいてないだろうな)
 王太子に対する気持ちが、何なのか。それはただの憧憬でない、ということに。
「おまえしか、作ってやる相手いないしな」
 刹那的にオリビエの顔が曇ったのを、マリーは見逃さなかった。
(そっか……オリビエは孤児だから)
 ごめん、と言いかけて言葉を呑み込んだ。
「いつも、ありがとう。オリビエ」
 僕が君の家族として、一緒に料理を食べるから。
(だって、食事は一人より二人の方が美味しいもん)
 すると、オリビエは満足度そうな顔をした。

 それから暫くの間、マリーの中で『コンニャク』という言葉が流行(ブーム)となった。
 王太子に、コンニャク、ではなく、婚約のために会いにいくのはもう少し後のことである。
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