ぷちトマト畑(短編系)

ジャックとブレスレット
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 ――「ウルトラマンジャックはブレスレットが本体」。
 M78星雲より、初の地球防衛任務という名目で派遣され、かれこれもう万の時間(とき)を経たか。当時協力してくれていた地球防衛チーム“MAT”も、今や大昔の化石のような存在となり果てたことだろう。
 郷秀樹と同化して以後、初戦となるアーストロンを下し、果てはバット星人の企みを「兄」と慕う者達と打ち砕いた。そして後任を「弟」と可愛がるエースに託して地球を離れ、その後も続く、その系譜を受け継ぐ者達へと、愛する星を託し続けた。
 そして自分は宇宙の平和を守るため、“宇宙警備隊地球支部長”として今を送っている。
 そんな中、誰が最初に言い出しただろう。自分ことウルトラマンジャックは、“ウルトラブレスレット”が無ければ何もできないなどと――



「誰だァァッ! 今ふざけたことを言った奴――出てこいィッ!」
 美しい、まるで水晶のような街並み。名は“クリスタルタウン”。動揺から茫然自失になりそうになっていたところへ、突如として場違いな怒声が響いた。
 何事かと慌てて背後を振り返る。聞き覚えのある声ゆえにその主は解っていたが、やはりそうらしい――弟のエースだ。
 まるで飢えた熊のようだ。グルルと獣のように唸り、敵意をむき出しにしながら周囲を見回している。
 もとより直情的で、頭に血が上りやすかった弟。あれから多くの年月が経ち、少しは大らかさを得た彼。だが今の彼は、まるで当時のように怒りが激しい。よほど、兄である自分を侮辱したことが許せなかったのだろうか。
 だとするなら、不謹慎だがとても嬉しい。自分のために弟が怒ってくれる、これほど嬉しいことはそうない。ジャックは熱を持った目頭を、誰にも気づかれぬよう手で拭った。
「……エース、もういい」
 とはいえ、いつまでもこのままにしておく訳にもいかない。言ってジャックは、憤慨する弟の肩にポンと手を乗せた。もちろん動揺の色を表情に残してなどいない。
「だ、だけどよぉ兄さん――」
「私が構わないと言ってるんだ。……だから、もう良いんだ」
 本音を言えば、エースにはもっと怒ってもらいたかった。すればきっと、自分のこのどしゃ降りのような気も、とても晴れたことだろう。
 しかし誇り高いウルトラ兄弟として、また兄として、そんな醜いことを彼にさせる訳には絶対にいかない――
「それより、せっかく手に入った貴重な地球のお茶と和菓子だ。兄さん達も待ってるだろうし、早く戻ろうじゃないか」
 だからこそ笑った。平常という名の仮面を心へと押さえつけ、自分は気にしていないからとエースに柔らかく笑いかける。
「解ったよ。ホント、ジャック兄さんは人が良いっていうかさァ……」
 頭を掻いてしぶしぶ納得を示すエース。それを見たジャックは踵を返し、予定通りの帰路につく……。



 ――自覚が無かったと言えば嘘になる。確かに、自分は他のウルトラマンと比べて何かと劣っている、そう感じることは、これまでにも幾度とあった。
 長兄であるゾフィーは言わずもがな。次男であるウルトラマンは、“怪獣退治の専門家”の異名に違(たが)わない実力者で、ここ最近でまたその腕を上げてきている。かつては同等の威力と評された自慢の“スペシウム光線”も、今となっては彼に大きく水を開けられてしまった。
 その一つ下の兄、三男のセブンは知略家だ。冷静な判断からなされる深い戦略、そして元観測員だったとは到底思えない底知れないガッツ。当件の対象物である腕輪を授けてくれたこともあり、今でも彼には頭が上がらない。
 五男であるエースは多彩な技を持つ。中でも光線技においては、彼の右に出る者はいない。精度も高く、特に彼の得意とする切断系の光線技には、兄である自分も舌を巻く。“ウルトラスラッシュ”ぐらいしかろくに切断技を持たない自分にとって、それは間違いなくコンプレックスだ。
 六男のタロウは、何といってもパワーだ。潜在能力や素質という面ではウルトラ兄弟でも最強だろう。ついこの間も、教え子であり弟であるメビウスと共に、強敵怪獣を相手に勝利をもぎ取ったと聞く。
 続くレオとアストラには高い身体能力、同じくエイティには講師を務められる程の幅広く深い知識――と、このように皆何かしら秀でたものがある。

 ――だがウルトラマンジャック、自分には何があるというのだろうか。

 確かにブレスレットを使うことかけては、誰にも負けないつもりだ。かつてはそれを活かし、光線技の通じないベムスターやビーコンを下し、スノーゴンやキングマイマイ等の危機的状態に陥った際にも、これで窮地を脱してきた。
 だがそれは、自分の力だと――自分の実力だと胸張って言えるのだろうか。
 これはセブンからの貰い物だ。地球の怪獣と異なり、特殊能力を持つことが多い宇宙怪獣にも対抗できると、そう言って彼はこれを授けてくれた。
 その威力は絶大だった。苦戦を果たしたベムスター相手に、ブレスレットの形態の一つである“ウルトラスパーク”で大勝。その後も数多くの敵をこのブレスレットで次々と屠ってきた。それは長い時間を経た今も変わらない。

 ――しかしその収めてきた数多(あまた)の勝利も、全てはウルトラブレスレットの賜物なのではないだろうか。

 そして当時こそ稀代だったそのウルトラブレスレットも、何万年と経過した今となっては宇宙警備隊の標準装備だ。入隊後に志願すれば支給されるし、かなりの高額ではあるものの購入も可能になっている。
 たった一つの自慢だった“ブレスレットの使い手”の異名も、こうありふれたものになってしまえば、近い内に自分の下を離れることになるだろう。
 それはつまり、今の自分には自慢できるものなど何もない。他の兄弟のように、自分のアイデンティティを何も持っていないということ――
 もともと自分は、兄弟でも目立つような存在ではない。戦力面でも、それ以外においても他の兄弟に幾分劣る。
 だからこそ他の兄弟以上に、自分は頑張らねばならない。劣等感を感じる度に、ジャックはそう結論づけ、様々な面を無我夢中に努力し続けた。
 今回の件も、エースが怒りを示したのは元来の気質によるものだ。だから決して彼のそれに甘えてはならない。
 現実から逃避してはならない。自分は努力し続けねばならないウルトラマンなのだから――
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