仮面ライダーディケイドReturn


EPISODE7 笑顔
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 ――大田区 北西出入り口 11:19 a.m.
 狙撃銃を構えた刑事達の前で、また一体のグロンギが蜂の巣となって崩れ落ちる。これでもう五体目になるだろうか、彼等はまるで糸の切れたマリオネットのように動かなくなった。
 緊迫した空気の中、額に汗を浮かべて一条が銃口を地に下ろす。現在立ち入り禁止区域として指定された大田区、あらかじめ封鎖した出入り口の一つで、彼は仲間の警官と共に怪人が区内外に出ないよう警備に当たっていた。
 もちろん、警備体制を取っているのはここだけではない。杉田や桜井、署内や県外から警官達が総動員してここ大田区を檻のように囲んでいる。正に警察による監獄と評しても過言ではない。
 当然、彼等警察にそう言伝したのは士である。
「さすがは榎田さん、といったところか。試作品でこの威力とは」
 一条が、未だ火薬の煙を銃口から漂わせる狙撃銃を見て、深々と感心する。
 そう、これまでまるで歯が立たなかった未確認生命体を相手に、なぜ警官が銃殺という形で勝利を収めることができたか。理由は彼等が持つ銃に装填された、特殊な弾丸にあった。
 一条の持つ狙撃銃、一部の警官達の拳銃に装填されているのは、一般の銃弾ではない。ごく最近、正確には数時間前に科警研の榎田によって開発された、対未確認生命体用の特殊兵器――名は“神経断裂弾”。
 撃ち込んだ相手は組織上の神経を連鎖的に破壊されるという、これまでに類の無い特殊兵器だ。
 榎田は試作段階だと評していたが、威力は絶大だった。数発の弾数を費やしたとはいえ、現にグロンギを倒すという大快挙を成し遂げている。報告書には抜群の効果を発揮した、と充分書けるだろう。
 だが、そんな報告書以上に一条には気がかりなことがあった。グロンギと奮闘している門矢士と小野寺ユウスケの現状、そして未だ昏睡から醒めたとの報告が来ない五代雄介、彼等それぞれの安否が気になって仕方がなかった――
「一条さん!」
 その時、同じ警備藩に属していた警官の一人が鋭い声を上げた。一条もハッと顔を上げる。
 視界に入ってきたのは、また未確認だ。一条は、士達の援護に向かえないことに舌打ちしながら、片目を瞑って狙撃銃を再び構えた……。



 ――大田区内 同時刻
「――がはっ!?」
 ファイズを襲う一陣の風。まるで刃のように彼の身体を無情にも切り刻んだ。
 既にファイズの強化スーツは極限まで損傷している。肩部、および胸部の装甲は破損し、紅いフォトンストリームのラインも一部が切断され、無残にも回路が剥き出しになっている。体力も限界に近かった。
『風は全てを安らかに包む。そして抵抗する者を無慈悲に薙ぎ払う』
 言って46号、ン・バザブ・ゼグが指を軽く無作ために振る。
 するとどうだろう、風がまるでカマイタチのように鋭くファイズを襲うではないか。鋭利な刃物も同然の風は、またも彼の身体を切りつける。今度は左肩部の装甲が、完全に外れ落ちた。
『私の風も、万物を安らかな境地へと誘う。お前も向かうがいい――安らかな境地、死へと』
 掬い上げるように腕を振り払う46号。強烈な風の刃がファイズに炸裂する。
 鮮烈な火花が散り、口部からは肉声の悲鳴を上げ、彼の身体は後方へと大きく吹き飛んだ。
 その衝撃は、コンクリートという比較的強固な部類に入る物質をも容易に砕いた。ファイズは激突した壁を突き破り、砂や砂利を被って地面を転がる。際に限界を超えたのか、変身も解除されてしまった。
 人の姿に戻ってしまったユウスケは、その場でうずくまり、呻き声を上げて悶えた。
『脆弱な人という姿に執着するその醜さ、愚かさ。戦士とはいえ、所詮リントはその程度の存在。……グロンギに勝てるはずがない』
「ユウスケ!? くそっ、退け雑魚共!!」
 危うい光景を前に焦燥を顕わにするディケイド。身体に纏わりつく怪人を無理矢理引っぺがし、彼は46号に向けて勢いよく駆け出す。同時にバックルを開き、カードを装填――

『FINAL ATTACKRIDE DE.DE.DE.DECADE』

 46号に続く3Dカードの通路。入口目がけて、ディケイドが高く飛び上がる。
「――あああああああああっ!」
 伸ばした右足を前に、加速をつけて飛び込む。対し46号の様子に焦りは全くといって見受けられない。
『私の風に抗うことはできない。貴様にも、それを教えてやる』
「んなっ!?」
 次の瞬間、ディケイドは妙な感覚を味わった。言葉で言い表すなら、正にそれは空を飛ぶ感覚。杞憂などではなく、彼の身体はカードの通路を外れ、確かに宙を舞っていた。
 だが自由自在、鳥のように自分の意思で空を泳いでいる訳ではない。無理矢理、強制的に空を飛ばされていたのだ。
 それも46号の引き起こした、尋常ではない強風によって。
 上昇気流、しかも人一人を軽く浮き上がらせてしまう風力。体勢を崩したディケイドは、周囲の建物以上に高く舞い上げられた。
『風に実体など存在しない。……防ぐなど不可能!』
 刹那、今度は身体を下に向けて引き千切られるような感覚に襲われる。そう、身体が隕石の如く地面に吸い寄せられるように急速度で落下していっているのだ。
「うぐあ!?」
 蛙が拉(ひしゃ)げたような、くぐもった声を上げて青黒い地面に叩きつけられるディケイド。落下速度を加えた衝撃は、まるで煎餅のように地面に亀裂を走らせ、彼に激痛を味あわせた。
『ゆえに私に勝てる道理はない。たかが脆弱なリント如きが――私に勝てるはずがない』
 再び46号がディケイドの身体を上空高く舞い上がらせ、また急速度で叩きつける。彼は一連の行動を幾度となく繰り返した。痛々しい音が周囲に響き渡る。
「て、てめえっ、いい加減にしやが――」
『まだ私に足掻くか?』
「うおおおっ!?」
 またも宙を泳がされ、地面に激突させられてしまうディケイド。強化スーツも耐久の限界を超え、ついに変身機能が強制的に停止。士も変身解除に追い込まれた。
 強打した胸を手で押さえ、脂汗を浮かべて眉を寄せる士。呼吸を乱した痛々しい傷口からは、赤い液体が垣間見せている。同じく血で染まったユウスケと共に、どうにか立ち上がろうと、彼は地に手を着いて必死に足掻いた。
『やはりリントとは愚かだ。これだけ力の差を見せつけても、まだ足掻こうとするのか?』
 そんな二人を46号が嘲笑う。無力な者同士で肩を貸し合い、必死に立ち上がろうとする姿が滑稽に見えて仕方がなかったのだ。
 しかし、どれだけ罵倒されようと、疲労が募ろうと、士とユウスケは諦めを示さない。互いに肩を貸し合い、支え合い、ついには自分の足でしっかりと地の上に立つ。互いに服を血で汚し、肩を上下させながらも、二人は鋭く真剣な眼差しで46号を見た。
 対し、彼は呆れを含ませた表情で、首を左右に振った。
『貴様等リントは醜く愚かしい、生きようとすること自体間違っている罪深き存在だ。貴様等がこの世にはびこる資格はない。この私が、この世の全てに終幕を下ろしてやろう――』
 言いながら46号は、両手をゆっくりと上げ、青い空の中で高らかに宣言した。
『そして今日この日、この時間より地球の新たな幕が上がる。リントの物語は闇に葬られ、栄光あるグロンギの物語へと完全に移行するのだ!! この私の手によって!!』
 彼の言葉に、周囲の怪人達のざわめきが増す。まるで彼等の時代の幕開けを喜んでいるかのようだ。
 だがそこに突然横槍が入った、「笑わせるな」と。侮蔑と嘲笑が万遍に込められた言葉だった。 
 46号の目は真っ先に士とユウスケを映す。彼の視線はすぐに「俺が言ったんだ」と、隠す素振り一つ見せずにふてぶてしい態度で自白していた士を捉えた。
「確かに、人ってヤツの歴史は愚かの一言だよ。人種だの身分の違いだの、肌の色まで、下らない理由で互いに傷つけ合うし、周りを巻き込んで無益で無意味と解ってるにもかかわらず争いを繰り返す――」
 言いながら士は、ユウスケの肩から離れ、前へゆっくりと歩き出す。 
 ユウスケもうっすらと笑みを顔に浮かべていた。
「他にも、他人の人生を滅茶苦茶にする腐った奴。我が物顔で独裁を続ける迷惑な奴。自分のことしか考えない呆れ果てた奴。……そこんトコだけを見るなら、人間も、グロンギとそう変わらないのかもな」
 自嘲気味に士が笑う。その瞳は何を映しているのか、46号には解らない。
「だが、人は誰かのために笑うことができる。誰かのために涙を流すことができる。それだけはグロンギには決してできない、人間にしかできないことだ」
 ――その時だ。士の声しか響かない周囲に、何かが唸る音が響いた。……エンジン音だ。
 次の瞬間、怪人達を跳ね飛ばし、前輪を上げたバイクが士達の許を訪れた。黒い車体に赤いラインを走らせた警察の特殊マシン、ビートチェイサー2000だ。
 搭乗者はマシンを士達の隣で停車させ、ゆっくりと降車し、被っていた黒いヘルメットを外す。その下から、関東医大病院で昏睡していたはずの五代雄介が顔を見せた。
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