糖分通信

□PINK DROPS
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「よおっ」
銀時はニコッと片手を上げ、そばへ近寄った。左手にはコンビニの袋。中には酒が入ってる。
「やっぱ今日が一番のピークだな」
そうつぶやいて、堂々と夜空に向かって大きくそびえたつ桜の木にそっと手を触れた。
見上げれば月明りに照らされたピンクの見事な花びらが咲き誇っていた。
ここはもう誰も住んでいない、以前はとても立派だったと言われていた廃墟の武家屋敷。一度ちょっとした仕事でこの屋敷を銀時は訪れていた。その時はまだ葉も何もない状態だったが、その木が桜だと言うことはわかったし、なんとなく気になっていた。きっと咲いたらキレイだろうなぁと。春めき始めてからちょいちょい銀時はここをのぞくようになり、今晩辺りが一番だろうと踏んで花見酒でも一杯と思い、ひとりやってきたのであった。
みんなでワイワイ飲む花見も好きだ。毎年恒例になっている。しかしたまにはひとりボーッとするのもいい。
銀時は桜の木に額を当て、瞳を閉じた。
まだこの時期は冷たく寒いはずだが、夜にしてはやわらかな風が吹くと、銀時の周りをピンクの花びらがふわりと舞う。月明りに照らされた銀髪と淡いピンク色は非常に幻想的である。
その光景を目にした土方は、一瞬息がつまりそうになった。
それは本当偶然だった。
仕事帰り、屯所へ戻ろうとあるいていたら、夜なのに見間違うことはないよく知った銀髪の後ろ姿があった。
その後ろ姿は少し辺りを見回すと、塀の穴が空いてる所を器用にくぐり抜けていった。
(なにやってんだ?アイツ)
不審だったのもあるが、興味も引かれ土方はその後をついてくぐった。
そしてそこで、今の光景を目にしたのである。
土方はその美しさに魅入られ捕らわれ動けない。
どれくらいそうしていたかわからない。長い時間だった気もするし、ほんの数分だったのかもしれない。
「……なぁ、最近の桜は白っぽいのが増えて来たとおもわねぇか?」
「……えっ?」
自分に対する問い掛けだと気付くのに、土方は少し遅れた。当然自分がここにいることは銀時は気付いていただろうけど、話しかけられるとは思っていなかった。
「ま、よく聞く話で桜の花がピンク色なのは、その木の下に死体が埋まってるっていうだろ。……てこたぁ、白くなって来たって事は、薄まったって事なのかねぇ……」
振り返る事無く銀時はつぶやく。
「……消える事なんて……」
「……」
土方は近付く事も、なんとも答えようも無くただ黙って聞いていた。
「……オレはきっと白くなる事なんてありえない。真っ紅に染まったままだろうな……」
白夜叉なんて人は勝手に呼ぶけれど。
ちっとも白くなんてなれない。
この身は今でも紅く染まっている。
後悔なんてしている訳ではいけれど、白くなれる桜は少しうらやましい。
また、風が吹いた。
桜吹雪が銀時を覆う。
そのまま銀時は消えてしまうのではないかと思うくらい、はかなく危うい光景。
「……お前は……」
漸く土方が口を開く。一歩づつ、ゆっくりと歩いて行く。
桜なんかに連れ去られないように慎重に。
「今のお前は……」
土方は後ろを向いたままの銀時の1メートル位手前で歩みを止めた。
「少なくとも、俺よりは白いよ」
「……」
「俺は今も昔も変わる事なくこうして剣を握ってる。俺はこの先もずっとこの道を進んでいく。そうする限り、この身体は紅く染まったままだろう……」
「……」
風が吹く。
地面に落ちた花びらが巻き上がる。
二人の間にはピンクの壁。
近いようで遠い二人。
土方はゆっくりと歩きだす。
その壁を破るかのように。
「……っ……」
銀時は背中から暖かい温もりが伝わって来るのを感じた。
力強く抱きすくめられる。
「……そう、紅いのは俺自身」
「……優しいねぇ、土方は……」
ふっ、と銀時は笑みを浮かべた。
「だったら白いオレと紅いお前が混ざれば薄まるのかな」

こんなピンク色に

「……さあな……」


風が吹く。
ピンク色の花吹雪が二人を覆い隠した。

まるで二人を桜色に染め上げるかのように。

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