ユウくん(仮)
□二話
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「…ここが、四天宝寺華月でございます。週末には生徒たちが集まり、漫才等を披露しあう笑いの殿堂になります。次は…」
四月の校舎は、新入生で賑わう。
「ちょっとうるさいわねえ、ここ。ホンマに講堂やの?」
かくして、この校内巡りの場も一年生で溢れかえるというわけで。
「普段はな…」
ガイド役の生徒もさっきから声を張り上げて大変そうや。
*ユウくん(仮)*
…なんで俺はサボったはずの校内巡りにわざわざ参加しとんのやろか。
「んもう、どないしたん、もっとテンションあげていこ」
…ああ。せや、コイツのせいや。
結局あのあとコイツに連れられて、俺は訳のわからないままホイホイ屋上を出たんやった。
「…これはいつもや」
とりあえず、奴がテニスコートに案内してほしいと言ってきたところまでは順調だったはず。
が、二人して迷って、歩いているうちにこの列に巻き込まれてしまったっちゅーワケや。
「ひどいわあ、嘘やんそんなの〜っ」
甘え声を出した奴が腕を絡めてきた。
ぞわり。
「…っつうか、何で俺までおらなあかんねん、一人でこれ出ればええやんか」
組まれた腕を払いのけながらそう言うと、奴はキョトンとした表情をした。
が、すぐに笑顔に戻り、さらに小さく舌を出す。
当然やけど、可愛くない。
「愛故に…ね?」
「別に愛なんて求めてへんわ!!」
「ぃやんっ」
俺は問答無用で鉄拳を放ったが、紙一重で避けられた。
そして意外にも大声でツッコんでしまったため、周りからの視線が痛い。
…なんで俺がこんな目にあわなあかんねん…
恨みがましく奴を見ると、輝かんばかりに満面の笑みを浮かべとった。
何がそんなに楽しいんか、本気で理解に苦しむ。
「も〜嫌や…」
思わず深くため息をついてそう呟くと、奴はおもむろに鞄の中を探りはじめた。
そして取り出したのは、よくある落ち武者のカツラ。
振り乱した頭に矢が刺さっとる。
…まさか。嫌な予感がする。
「ああ、矢だ矢だ〜?」
逃亡。
もう我慢がならん。
俺は奴を引きずり、列を逸れて走りだした。
「…って、どこ行きはるの?」
「どっか遠くや」
「きゃっ、駆け落ち?」
「ちゃうわ!!」
とにかく、一般人の群れから離れな。
これ以上この変態と関わっていると俺まで…
「……」
そこまで考えて、俺は嫌な記憶を振り払うように首を振った。
……もうあんな思いは、死んでもゴメンや。
「ちょ…ちょっと、どこまで行くん?」
無心に走り続ける俺に、さすがの奴も訝しげな声をあげる。
「うっさいわ、黙ってついてこんかい」
「んん…さっきから男らしいのは嬉しいねんけど」
腕を引かれながら、ためらいがちな奴の口調が気になって俺は足をいったん止めた。
「…なんやねん」
「ここ、テニスコート」
奴が指差す方を見ると、そこには大きな門がどっしりと構えとった。
どうやら走っているうちにたどり着いたらしい。
都合のいい展開だこと。
まあやっと開放されるんやし、喜ばしいか。
「ほなら、俺はこれで…」
「待ってな〜」
…腕を掴まれた。
「…もう用は済んだんやろ!?」
苛立った態度で答えたら、奴はいきなり俺に抱きつ…しがみついてきた。
「?!」
本気で気持ちが悪かったから、必死に身をよじる。
「お礼させてや、何でもええで?な・ん・で・も」
奴が意味のわからへん…
いや、わかるけどわかりたくない言葉を吐きながら俺の背中に指を這わせる。
やばいヤバイ。ものすごく鳥肌が立ってます。
さっきの腕組みがぞわり。なら今度はぞぞわわりり。といった感じや。
自分の表現力不足のせいでお伝えできなくて、本当に残念よかった。
「…そないな気持ち悪い話があるか!離せや!」
「冷たいわねえ、でもそんな所も素敵っ」
「やかましわ!!」
叫びながら、俺は命からがら奴の腕から脱出した。
*****
そんな事があったのが三日前。
……その翌日から、俺は毎朝奴からの苛烈なモーニングコールに悩まされとる。
昨日は起きぬけに窓から『ユウくんおはよう☆』と書いた矢文が飛んできた。
おとといは奴が幼児のコスプレで家の前に立っとった。
そして今日。
……奴は、今度は俺の家の庭に刺さっていた。
さながら70年代のギャグ漫画のように。
ここでやっと冒頭に戻るわけや。
長い回想ですまんな。
それにしても…どうやって住所を知った?
立て続けに妙な起こされ方をされるのは迷惑極まりないねんけど…
とりあえず、自分の部屋から庭に移動せな。
トントントン…
階段を下りる。
健康的な早起きをしたせいか、やたら頭が冴えているのが余計に腹立たしい。
ガチャッ。
……うっ。
足が突き出とる…
いや、刺さっているんやから当たり前やねんけど、この光景は結構圧巻やな。
もちろん悪い意味で。
俺は成り行き上嫌々それに近寄って、嫌々叩いた。
「おい…おーい、変態」
「なあに?」
「…え?」
「いえぃっ☆」
……後ろにいたーーー??!!
「はっ?なんやお前、どっから沸いて来てん」
「だってそれ、マネキンやもん」
「なんやと…?!」
飄々と花壇を指差す奴。
俺が恐る恐る引き抜くと、確かに刺さっていたモノは等身大のマネキンやった。
ちなみに顔は奴と似ても似つかない男前。
一体何に使うねん、これは。
三日目にしてだんだん手口が凝ってきてる気がすんのは俺だけか?
…くそっ、どうして俺はこんな類い稀なる変態に懐かれてしまったんやろ…
自分の何を恨んでいいのかわからないので、気持ちのぶつけ所が見当たらへん。
なんとももどかしい…
っつーか、まだ6時やど?!
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