ユウくん(仮)
□八話
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…気付いたら、俺は奴の手をはじいとった。
「……?!」
瞬間奴は焦ったように止まって、戸惑いながら自分の手と俺を交互に見た。
「…なあに?どないしたんユウくん…」
「もう、やめてくれ…」
「えっ?」
びっくりして目をまんまるくした奴に、眉をひそめながら言い放つ。
「…そういうの、メーワクやから」
*ユウくん(仮)*
そう言われて、奴は急に無表情になって俯いた。
「…………」
──重い沈黙。
てっきりいつものようにかわされると思ったから、俺は逆に面食らった。
(…少し、言い過ぎたか?)
……ってオイ、ちょっと後悔してしもたやないか。
どうせ今もネタ仕込んどんのやろ、奴の事やから。
頼むから、いつもみたいにこの空気をぶった切ってくれ。
内心にそう願う俺の傍らで、泣きそうな顔した奴の口が開く。
「……そうなん…知らんかった。
…今までごめんね、ユウくん」
…俺の望みは、ぷっつりと断たれた。
「お、おい……」
「ホンマに、アタシったら…大馬鹿やね」
ぽつりと、本当にぽつりとそう言って、静かに廊下に出ていく奴。
俺は、ただ見送るしかなかった。
「………」
奴の消えた教室は、何事もなかったように騒がしい。
「…良かったん?」
呆然としてる俺に白石くんが話しかけた。
「…………」
「まあ、ええ気分な訳ないか」
言ってから、ふう、と椅子に座り直す。
「…あいつは、あれくらい言ったらな解らんねん。うざいわ…」
自分でも情けなくなるくらいな声が出た。
相変わらず取り乱した俺はみっともない。
「…あっちは、一氏くんの事そうは思ってないんちゃうかなあ」
「…なんでやねん」
「ヤツの手、絆創膏だらけやったで。これのせいなんやない?」
白石くんはピタリ、と俺の頭を指さした。
…バンダナ。手づくり。
裁縫?
「ま…まさか、んな事あるわけ…」
「無いとは言い切れんよ」
しれっとそう言う白石くん。
「かわいそうに、自らを傷つけてまで一氏くんのために…」
「………」
「…痛かったやろなあ…」
「…それ以上追い詰めると鬱になるど」
俺が半眼を向けると白石くんはクスリと微笑んだ。
「心の病かて気から、やで。…ま、早よ仲直りしとき」
ガタ、と椅子が音をたてた。
「…あ、せや」
思い出したように呟いて、鞄からメモの切れ端を取り出す白石くん。
それに何か走り書きしたかと思うと、おもむろに俺の机に伏せた。
それからもう一回にっこり笑ってから白石くんはまたな、とか言って去ってった。
「………?」
かさ、とメモを開いてみる。
"目の前でケンカした貸しに、今度リゾットでも奢ってください 白石"
…もうすぐ昼休みが、終わる。
「……アノヤロウ…」
一人教室に残された俺の心は、前にも増して曇っていた。
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