短編小説

□花火
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3年生引退、今日は新生不動峰記念の打ち上げのパーティーだった。

適当に飲食店で騒いで、カラオケに行って。

暗くなってから俺たちは河川敷に移動した。

目的は1つ。










花火










さっきまでいたビル街とは違って、ここは静かでひんやりと冷たい。

岸辺のちょうど真ん中あたりにビニール袋と花火を置く。


まずはバケツに水を入れないと。

俺は少し離れた水道までバケツを運んだ。

勢いよく水を出す。

水位がせり上がるにつれて、打ち付けるような音が段々ちゃぷちゃぷと変化していく。

たっぷり入れたから、持ち上げたバケツは重くなっていた。



「じゃあ、早速…」

「おう」



伊武が用意してきたマッチに火をつけて、それを俺が持った。

早く誰かが火を着けないと、指が燃えてしまいそうだ。

橘さんが線香花火の先端を近づける。


しゅわっと火のついた音がした。

パチパチ跳ねる火の粉で辺りが明るくなる。

オレンジ色っぽい色の火が橘さんの手と膝を照らしていた。

ちょっと動かすと、余韻を残すようにその方向へ揺れ動いていく。

言うのは恥ずかしいけど、幻想的だと思うし、俺はこの瞬間が大好きだ。


続いて、杏ちゃんの。

杏ちゃんが火をつけた花火は前に光が吹き出すタイプのもので、それは鮮烈に砂利の上に放たれた。

立ち上がって軽くくるくる回してみると、緑色が綺麗だった。

しばらくして、ふっと光が消える時が何だか物悲しい。

でも、まだまだ花火はある。

伊武や森も花火に火をつける。

また、パッと光が飛び散っていった。



「伊武、ここから火もらっていいか?」



マッチよりこっちの方が早い。

伊武の花火に俺の花火を近づける。

しゅっ、と、金色の火花が散る。

石田も楽しそうに花火をくるくる回していた。

…似合わなかった。

うちのテニス部で似合うやつがいるもおかしいけど。





さて、俺もそろそろ火をつけようか。

水際に腰掛ける。

俺が火をつけたのは、色が変化する花火だった。

赤から金、金から緑。

流れる川に飛び込む色つきの火花。キレイだと思う。


…眺めているうちに、火が消えた。残ったのは先端が黒く縮れた紙の棒。


なんか、儚い。



「…神尾にそういう雰囲気、似合わないかも」



内村が、いつの間にか隣りに座っていた。



「何だよ、似合わないとか」



…確かに普段なら、石田達と混ざって花火を振り回しながら大騒ぎしているんだろう。

でも、今日はそういう気分じゃない。



「橘さんも引退かー…」



ひとつ、ため息。

そういう時期なんだ。
受験。3年生。引退。負けたらそこで終わり。

全国で勝ちたい。それだけを目標に頑張ってきたのに。



「あー、神尾が部長って何か不安」



上を仰ぎながら内村が呟いた。



「…ひっでえの」

「冗談だし」



俺は部長になった。なったというか、いつの間にか。

…橘さんがいないと不安だなあ。青学や四天宝寺はゲームをがんがん取りに来るタイプだし。



「…来年、どこまで行けんのかなあ?」

「これからは俺たちが不動峰のテニス部をリードしていくんだろ?神尾は適任だよ、部長」



これから、部員達を引っ張っていくのは俺たちの代なんだ。

荒れ果てて、廃部になりかけていたテニス部をここまで引っ張ってくれた。

橘さんがいたから、不動峰はここまで来れている。




今度は、自分達の番。


俺は、ばっと顔を上げた。



「よし!」



自分の中で、何か晴れた感じがした。



「内村、ありがとな!」



内村はちょっと驚いたような顔をして、その後でふっと笑った。



「良い感じだな。…これからがんばれよ?」

「当たり前!!」






ふと、周りを見渡す。

薄闇に包まれた河原に、やけに遠く聞こえてくる楽しそうな笑い声。

明るい光の塊が思い思いに動き回っている。


俺は、橘さんに目を留めた。

…橘さんは、さっきの吹き出す花火を桜井に向けて、笑いながら追い掛けていた。

桜井も楽しそうに逃げているのだが、途中で杏ちゃんが悲鳴をあげた。

どうやら横切った時に火の粉が杏ちゃんのサンダルに跳ねて、つま先を焦がしてしまったらしい。

火が消えた頃に、二人して怒られていた。

そんな姿を見て、思わず笑ってしまう。

でも橘さんは、部活で来るのは最後だから思い切り楽しもうって感じで、気にしていないようだった。


…橘さんは、どうしたんだろう?


部長、責任。背負うものだって格段に増える。

その間に何を考えたんだろう。



「……」



後ろを振り返ってみる。
しゃがみ込んで線香花火をやっている伊武が、妙に面白かった。



「…伊武、ちまちま線香花火とかやってんじゃねえよ!暗すぎ!!」



バン、と背中を叩く。

伊武がちょっと身じろいだ瞬間、線香花火の火がぽとっと落ちた。



「…もう少しだったのに…」

「…わりぃ」



伊武は、また別の線香花火に火をつけた。



「…線香花火って、最後まで落とさずに終わらせると、願いが叶うらしい」



ぼそり、と伊武が呟く。



「何を願ってんだよ?」



ぱちぱち、線香花火は光っている。



「不動峰の全国優勝」

「それは、願うんじゃなくて自分たちでやり遂げるものでしょ」



どこかから、杏ちゃんがひょこっと顔を出した。



「今年は行くよ、不動峰。アキラ君が部長だし」



なんですか、その妙な自信は。

もうすでに頼りにされてるのか、俺。

なんだか妙に嬉しくなった。

だって、けろっと、そういう事を言うものだから。




「当然っしょ!」




つい、こんな返事をしてしまう。



…きっと、毎年。

皆がぐるぐる悩み事をして、それでも立ち上がっていくんだ。

答えは毎年出ていて、人それぞれ違うけれど。

その繰り返しのうちに、不動峰は大切なものを掴んで強くなっていく。



俺も一回り、強くなった気がした。






 

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