短編小説

□旅行に行こう
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なんつーか、商店街の福引きって時点で嫌な予感はしてたんだよ…


商店街の福引きっていったら、定番だろ?



ちょっと時間を遡るか。





「出ました!大当りでーす!」





まさにその時、おばちゃんの嬉しそうな声がした。


ガラガラ、とやかましいくらいに鐘が振り鳴らされる。


そしてその音が名残惜しげに消えたあたりでドンと白い祝儀袋が目の前に置かれた。


ぱりっと新しげな紙袋はその場にそぐわないというか、妙な存在感を醸し出している。





「一等、"真夏の海を独占しよう!ハワイ旅行"当選です、おめでとうございます」





ニコニコと紙袋を差し出すおばちゃん。


俺の隣にはやけにはしゃぎまわる丸井先輩。


いまだ事態が飲み込めない俺は、「はあ、そりゃどうも」なんてとぼけた声をだしてそれを受け取った。





「8名分の旅行券が入っているので是非ご家族とお出かけになって下さいね」





8名?


そこで俺の頭はようやくクリアになってくる。


同時に沸き上がる疑問。




…なんで、8名なんだ?




なんか陰謀がちらついてる気がするのは俺の思い過ごしか?


内容量の割にデカイ紙袋をぶらさげながら猜疑する。


まあ、そんなわけで俺は福引きでハワイ旅行を当ててしまったわけだ。









さて、時間を戻して俺の部屋。





「…では、緊急会議を行う」





狭い部屋に厳かな声が響き渡る。


テーブルをはさんで俺の向かいには丸井先輩。





「…え〜、今回の議題は皆も知っての通りこの旅行券についてだ」





議長である先輩の言葉にうんうんと頷く俺。


皆っつっても俺しかいないけどな?





「まず俺と赤也の二人は決定として、あとは…」

「残りの6人をどうするか…っすね?」





声のトーンを落としながら呟く。


その通り、と目で返す先輩。


俺はごくりと生唾を飲みこんだ。





……そう、「8名」とかいう多めな数字な割におかしいのだ。




俺と先輩の両親をあわせただけで、6人。


さらに俺の姉貴と先輩の弟たちを足すと合計9人。



計算があわないので俺たちはまいっていた。





「…でな。実は、俺に提案があるんだ」

「へ?」





そんな中、急に嬉々として先輩が身を乗り出す。



……嫌な予感がする。俺は冷や汗をかきながら思った。





「な、何っスか……?」





そうは思いつつも、聞き返してしまう。


相変わらずにこやかな丸井先輩には一抹の不安を感じざるを得ない。


そんな俺に、聞いて驚くなよ?と先輩。





「ホラ、俺たち今度ジュニア選抜行き決まったじゃんか。こうなったら家族旅行じゃなくて部内旅行に」


「異議あり!!!!」





すかさずツッコミを入れる。




……やっぱり、やっぱりそれか!




我ながらこういう時のカンはよく当たる。





「何だよ、不満なんか?」

「あ、当たり前っすよ!!」





キョトンとした顔でうそぶく先輩を内心睨みつける。




そりゃもう、不満も不満だ。




あのメンバーで旅行なんて行ったら絶対に総動員でこき使われるに決まってる。


掃除、洗濯、背中流し、マッサージ(?)…ホテルで休む間もなく働いている自分を想像して、俺は身震いした。



……冗談じゃねえ!





「…ん〜…それじゃ仕方ねーな…」





困ったような顔の先輩。



その何か提案しそうな態度に、俺は咄嗟にマズイと思った。




…話し合いで食い違った時の一番平和的な解決方法、多数決が行われる可能性だ。




ここでもし姉貴を呼ばれでもされたら、面食いの姉のこと。


あっさり先輩側にまわって、案は過半数を超え可決されてしまうだろう。





「…じゃあ…」





パッと先輩の顔が明るくなった。俺は小さく身構える。







「早速全員呼ぶか♪」







…少し間を置いて、俺はその場でずっこけそうになった。





「多数決すら、やらないんすか?!」

「だってやっても結果見えてるだろい?時間圧縮、時間圧縮」





クソッ、こんな所で合理的になりやがって…


まあ、言われてみればそうだけども。



……あと、圧縮じゃなく短縮です。





「メンバーも決まったことだし、電話するぜ」

「その点は心配ないわよ〜」





突然聞こえた声に、ぴくりと身体が反応する。



がちゃっ。



短く音を立ててドアが開いた。



て…母ちゃん…?





「もう部員の皆には連絡しておいたから。そろそろ着くはずよ」





母は、入ってくるなりそう言って優雅に微笑んだ。





「展開早っ!!」

「まあ、そんなに早くツッコめるなんて成長したわね。お母さん嬉しいわ」





俺が慌てて放ったツッコミをするりとかわす母ちゃん。


相変わらず朗らかな外見して凄い事をする母親だ。




ん。ていうか何で今の話を知ってんだ?


…よく見ると耳に黒いイヤホン挿してるし。





「盗聴?!」

「家族愛で……ね?」

「いや、それ犯罪…」





───ピンポーン。




言い終わらないうちに、玄関チャイムが鳴った。



…怪しすぎる。


直後にがちゃ、と音がして玄関扉が開く。





「赤也、あがるぞ」

「おじゃまします」

「あ、お母さんこんにちは」





そして、口々にものを言う気配。


俺が呆然としていると、見慣れた先輩たちの群れが部屋に到着した。





「じゃ、アンタも私たちの事は気にしないでいってらっしゃいね」

「お、おいっ」





ひらひらと機嫌よく手を振る母親。


…なんだかトントン拍子すぎて、逆に気味が悪くなってくるな。


が、その他勢はそんなのお構いなしだ。


もうすでに全員がベッドやカーペットに座り込み、和やかに談笑している。





「赤也、ひどいじゃないか。こんな事内緒にして」





幸村部長が話しかけてきた。


言ってる内容とは裏腹に、なにやらご機嫌な調子だ。


俺はちょっと警戒した。





「いや、内緒ってか今日当てたんですけど…」

「どうせなら楽しもうよ、部員の交流を高めるいい機会だからね」





と、部長が語る。


俺は「そっスね…」とげんなり答えた。





「しかし、日取りはどうしましょう?練習との兼ね合いもあるでしょうし」

「…移動の車内で基礎トレーニングが70.5%補える、問題はないだろう」





ぱたん、と自前のノートを閉じる柳先輩。





「そーそー、細かい事気にすんなって。それより俺、早く美味いもん食いてえし」

「丸井はまたそれか…腹が余計にたるむぞ」

「いいんだよ真田。そしたらジムでも通うから…ジャッカルが!」

「俺かよ!それ全然意味無いだろ!」





あはは、と笑いが起こる。



……やべえ、和気あいあいとしすぎて入り込めねえ。



もしかしなくても全員自分が楽しむことで頭がいっぱいらしい。




…嫌な予感は的中した。




はあ、と肩を落とす。


けれど伝わってしまったことは仕方ない。


俺はいそいそと着替えやらの準備を考えはじめた。





そして、準備中。


俺は何気なくチラシを手に取った。



ぴらっ





「"真夏の海を独占しよう"ねえ……」





思わず声に出る。





………………




あ?


ちょっと待て…












「…今、思いっ切り真冬じゃねえかよッ!!!」












そんな俺の叫びは、町内に溶けていった…









その頃…切原邸、一階。


広い和室で、母は自分の頭をしっかりと掴んで真横にずらした。


銀の髪が覗く。





「…プリッ」





…その影は、赤也の悲鳴を楽しげに聞いていた。

















その後。


――ハワイ旅行は中止、代わりに近くの温泉旅館に行くことになりましたとさ。





おしまい。

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