短編小説

□永遠の虜
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目を閉じて思うのは貴方の事





外はひどい暑さのようだ。

陽炎でゆらめく校庭は蝉の声をさらっていきそうなほどに。


どこかで響くバットの音が遠く聞こえる。


それだと言うのに何故ここはこんなに涼しいんだろう。

再び視線を前に戻しながら、涼しいというのは語弊があるかな、とふと思う。


多少冷風が吹いているからと言って、こんなにも冷ややかに感じるのはやはりこの人のせいだろう。


筆先を動かしながら視線を向ける。

キャンバスにそのまま写し取る。





そのまま。


そのまま。





また、顔をあげる。彼と目が合う。彼が私を見る。

視線で囚われているのは私?





「…綺麗な顔だね」





吐息のような声が耳を撫でる。
背筋に旋律が走るほどの深い視線をくべながら、彼は優雅に笑う。

柔らかな髪が輪郭をなぞり、首元へと流れ落ちていく。



魔性のように実に繊細に絶えず姿を変え行く彼を、私は描ききれるだろうか?



彼を観察する私を、彼は観察している。

私なんかよりずっと正確無比なその眼力で。


見透かされる。それがぴったりだ。





「……ちょっと、休憩にしようか」





涼しいというのにいつのまにか流れ落ちた汗がこめかみを伝う。





「はい……」





ふふ。


そのまま空気に混じりそうでいて存在感のある声。

私が差し出すジュースを受け取った彼の手は、ひんやりと冷たい。

口をつけたところから凍っていきそうな気もする。





『絵を、描いてくれないかい?』





あの日彼に言われた台詞が脳裏を滑る。





『君ならきっと、俺を残してくれるはずだから』





言われた時には曖昧にしか受け取らなかったその言葉の意味も、今は少しわかる気がする。





彼は完璧だ。


完璧だからこそ、脆い。





だからきっと、そのまま残してしまいたくなるんだろう。永遠のままで。





「………」





青緑がかった髪が揺れる。牡丹に似た芳香が漂う。


彼の切れ長の目が、髪と同じように青い瞳を覗かせて私を見下ろした。


そのまま、身をかがめて。





「……っ…」









カキーン――







勢い良く飛んでいくボールが遠く窓から見える。




唇が離れる。




薄いのに柔らかなそこが、かすかに唾液で濡れていた。

声が出せなかった。





「……続けよう?」





意味深に笑う唇が、私の視線を離さない。

ジュースの缶が置かれる、軽い音が響いた。






…もう、迷いはしないから。






視線に込められた熱さ。



彼はあまり私とは語らない。

私が語らないせいだ。


その分私の眼を読み、その眼で答えてくる。


眼は一番感情が出る器官だと言う。





『俺は絵となって、君を印にして』





彼は、どこまでも私を追ってくるだろう。





『この学校で、永遠に』





暗さが怖かったわけじゃない。

すぐ傍で注がれていたその視線に、答えられなくなることが怖かった。







『ずっと一緒にいよう』







彼をキャンバスに捕えたと思っていたのは、勘違いだったようだ。


あの夏、私はこの視線の虜になってしまっただけ。






…冷たく、熱い彼に。






























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