short

□さくら さくら
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気まずいことこの上ない。

春空の下、私は闘技場の前で行ったり来たりを繰り返していた


一昨日、些細なことでエイトとケンカしてしまった
一日考えた末に謝ろうと思って、きっと彼が稽古に励んでいるだろうこの場所へ来たんだけど…

どうしてもこの扉があけられずにウロウロしている
これじゃあまるで不審者だ
私の意気地なし。



「…やっぱだめだ」

はぁ、とため息をもらして扉を背にした


遠く噴水のほうを見れば、ちらほらとピンク色の花が見えた
もうすぐ桜の咲く季節だ

去年の今頃、桜が綺麗だとはしゃぐ私に君が向けてくれた笑顔を思い出す
やっぱりエイトが隣にいないとさみしいよ
はやく仲直りしたいなぁ…


「ごめんね」

俯いてぽつりとこぼしてみた
けれど拾って貰うべき人は扉の向こう


「ごめんね、私───」


ぎぎぃっ
突然、背後の扉が開く音がした

次の瞬間
背中に小さな衝撃を感じた

後ろから私にまわされた逞しい腕を見た
大好きな、においがした



「名前、」
ぎゅうっと彼が腕に力を入れたのが分かった
「え、エイト…?」
「…」


エイトは何も言わずまた力を強めた
こんなに強く抱きしめられたのは初めてだった



「…ごめん」
囁かれた言葉は私の鼓膜を甘く揺らす
謝るのは私の方だ

「私こそ、ごめんね…」


私の謝罪はこんどこそ届けるべき人の心に届いたようで
エイトは返事のかわりにさらに強く抱きしめてくれた
痛い程、強く。



「ねぇ、苦しいよ」
「うるさい」
「苦しいってば」
「…もう離さないからな」

「名前、ずっと一緒にいよう」

「大好きだ」




あぁ、どうしたって私は君に首ったけなんだ
たった一言でこんなに幸せになれるなんて。

だから…
遠く噴水の方で、今年もあの笑顔をください




さくらさくら、弥生の空は。




(今日も澄み渡ってます)





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