愛君番外

□陽炎稲妻水の月
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店主side


じーさん、おじいちゃん、なんて呼ばれる歳の私が管理しているのは、政府秘密機関ハンター協会所属の宿。表向きは普通の宿屋だが、宿泊客の約四割が吸血鬼ハンター。ハンターは、自分の棲家を吸血鬼に知られないために、特定の家を持たなかったり、仕事で各地を点々としたりする。そういう者の為の施設だ。

客が来ることになっているので、昼を済ませてカウンターに座っていた。外出する一般客から鍵を預かって、受付内の棚におく。

そろそろ客が来るはずなんだが……だからといって奥に引っ込むと、ドアベルが聞こえない。歳はとりたくないもんだ。

自嘲してコーヒーを飲んでいると、カランカランとドアベルが鳴る。対吸血鬼を示す紋章の入った、細長い入れ物を背負っていて、私は用意していた鍵を取った。

「老けたな、じーさん」
「お前もな、十牙」
「チッ」

夜刈十牙。今ナンバーワンとか言われているハンターだ。弟子をとったせいでここしばらく大人しくしていたが、何年か前に三人の弟子の内二人が離れたらしい。身軽になったからか、仕事を増やしている。

「はい、四階の部屋ね。二階と三階は一般客がいるから、出来るだけ気配を消すように」
「はいはい……おいじーさん、これは」

十牙がカウンターの端に置いてある鍵を指差す。仕舞い忘れかと言うので、そんな訳あるかと鼻で笑う。

「今日の昼過ぎに、お前ともう一人ハンターが来るんだが、なんせ恥ずかしがり屋でね」
「……"影"か」
「ああ。歴代の刀の使い手は、仕事中しか気配の操作をしていないらしいが、今のは常に気配を消してるんだ。ドアベル鳴ってからそっちを見ても、認識出来ないのさ」
「そこまで徹底して消さなくてもいいだろうに」
「何か事情があるんだろ」

カランカラン、とドアベルが鳴る。私は顔を上げて見るが、誰もいなかった。噂をすればなんとやらだ。私の様子に気が付いた十牙が、同じように入口を見る。

「な、見えないだろ。ここにいるはずなんだが……そう見回してやるなって」
「いいのか?"影"は危険だって聞いてるぞ。そんな奴泊めて」
「"影"がここを使うのは二度目さ。最初はどうなることかと思ってたがなあ……噂は所詮噂ってことだろうよ」
「へえ」
「最初は正直怖くてな、鍵と一緒に差し入れ置いてたんだよ。そしたらここを出る時に、"ご馳走様"って走り書きのメモが鍵と一緒に置いてあってなあ……思わず泣きそうになったね」
「馬鹿馬鹿しい……」

鍵を置いていた場所を見ると、いつの間にか鍵はなくなっていた。十牙もそれを一瞥して、肩にかけた銃を背負い直す。十牙と"月影"ならどちらが強いかとふと考えた。

「死なないように頑張れよ、十牙」
「ハッ。誰に言ってる」

階段を上っていく十牙を見送って、私はカウンターから離れる。今日来る客はもういない。外出する客は声をかけてくれるはずなので、奥にいても問題ない。

冷めたコーヒーを淹れ直して、新聞を広げた。隣街の辺鄙な所が吸血鬼の出没スポットで、まあ"影"の仕事先はそこだろう。どんな奴なのか見てみたいものだ。

「しっかし……寂しくはならないのかね。誰にも気付いてもらえなくて」

ハンターは馴れ合いを好まない奴が多いが、ある程度は付き合っていた方が何かと都合がいいものだ。物騒な噂が多い恥ずかしがり屋は、一匹狼を貫いているのだろうか。


fin

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