その他
□どうして
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※短いし、変換なし
※首絞め注意
うちの女中はよく働く子だ。誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝る。食事は俺たちの好きな味付けのもの、掃除は行き届いていて塵ひとつない。洗濯も、風呂も完璧。買い物も安い店を知っていて、米や芋はまとめ買い出来る店――杏寿郎がよく食べるので大量に買う必要があるのだ――を知っている。おまけにあの顔だ。街に行けば周りの男は彼女に釘付けだ。しかし、彼女はそれをひけらかしたりすることなく、謙虚に笑っている。……だからだろうか。すごく、苛立つのは。
「……だ、旦那様?」
押し倒された彼女の髪が布団に散る。そうだ、この子は空になった酒壺を取りに来ただけなんだ。そこを押し倒した。当然、困惑するだろう。当然、抵抗するだろう。
「……旦那様。旦那様は、人肌を、お望みですか?」
優しい声で俺の頬を両手で包む。嗚呼、どうしてそんなに清廉でいられる。どうしてこんなことをする雇い主に優しくできる。どうして、どうしてだ。いくつもの疑問が浮かび、俺はその夜、閉ざされた袷を乱暴に割り開き、そして――…
◆◆◆◆◆
「……旦那様、本当は私のこと嫌いだったりしません?」
ある夜、事の後に彼女はそう言った。行灯の火がじりじりと焦げるにおいに情事のにおいが混ざって夜を演出する。
「……どうしてそう思う」
「抱くときに苛々してるし、それに…いっぱい噛むじゃないですか」
そう言って布団を捲り、歯形や血にまみれた体を見せ付ける。
「……痛いのなら、悪かった。今後は控える」
「………可哀想」
あの夜と同じく、優しい声で俺の頬を包んだ。それから頭を引き寄せ、唇を重ねる。
「……ねぇ、旦那様。ちょっと試しに私の首を絞めてくださらない?」
「何を馬鹿なことを」
「嫌いなら出来る筈です。苛々しながら抱いてるんですから」
布団から這い出て、細い首に両手を巻き付ける。親指に力を入れると、喉が圧迫されて少しだけ咳き込んだ。
「………俺は、馬鹿だ」
「え、」
言葉の真意を問う前に俺は両手に力を入れた。う、と声を上げて俺の手首を掴み、じたばたと足を動かす。
「……あ…ぐっ…」
……愛いなぁ、と俺は思った。こんな酷いことをしている癖にどうしてだろうな? 自分でもわからない。
「…俺がっ、苛々しているのは、」
君に対してじゃない、自分に対してだ。
血が出るまで噛むのは君に他の男を寄せ付けないためだ。頻繁に抱くのは君が他の男に取られないようにするためだ。そして、命に関わるこの行為を命じられるままにしているのは――…
「………本当は、君のことを愛しているのだがな…」
彼女の意識が落ちる。行灯の火が消えた。俺はそのまま彼女に覆い被さって、唇を重ねた。体温は温かった。
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夜中に思い付いた。好きなのに間違った接し方しか出来ない父上
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