『花音-Kanon-』
□真実と嘘
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花音-Kanon-
真実と嘘
アタシが軽音部に入って1ヶ月が過ぎた。
学校では部長からしごかれ、家に帰ってからは父さまに手ほどきを受けているため、ボーカルの練習とベースの特訓で1日が過ぎているようなものだ。
「花音、音は一つ一つ丁寧に出すように心掛けて」
「あ、はい」
父さまのやり方と部長のやり方は違っていた。
でも、どちらもやりやすい。
根本的なことは同じなので、やり方が違っていても戸惑わなかった。
そして、二人とも「花音はまっさらな状態だから教えがいがある」と言う。
……これって、褒めてくれてる…んだよね?
そんなコトを思いながら、アタシはレッスンに励んだ。
その甲斐あってか、ベースのほうはまともな音が出せるようになっていた。
「花音、すげぇじゃん!」
「えへへ、二人とも教え方上手いし」
「二人とも? 部長以外にも習ってんの?」
「うん。 父さまもちょっとでも時間がある時は教えてくれるんだ」
「えっ、春ってベースも弾けんの?」
「楽器全般、基本的なことならOKなんじゃないかな」
真吾たちとそんな話をしていたとき、文化祭企画委員会に行っていた部長が戻ってきて、話に入ってきた。
「音楽に対する意欲が貪欲なんだよ、神堂さんって」
「あ、部長。 お疲れさまでーす」
「うん。
自分でいろいろやってわかったんだけど、神堂さんってすごい人だよね。
初めはさ、クラスの女子たちが騒いでるのを聞いて、女子受けするだけのミュージシャンだと思ってたけどね、音楽の道に進もうと決めていろんなコト調べてるうちに、あぁ、すごい人なんだなって」
部長の言葉に、なんだか自分が褒められたみたいでものすごく嬉しい。
父さまをこんな風に評価してくれる人に会ったことがないから、余計に嬉しいのかもしれない。
多くの人は父さまのことを『JADEの神堂春』としか見てない。
……当然といえば当然なんだけど。
それ以外にも、アタシが生まれるずっと前に、新しい形のオーケストラを創る手伝いにオーストリアへ行ってたってことを知ってる人は少なくて、父さまはやっぱり『JADEの神堂春』で。
部長はそのオーストリアでの成果も事細やかに語ってくれた。
「天才が努力した結果って感じ? ホントにすごい人だよ。 ミュージシャンっていうより、アーティスト。
オレがリスペクトする一人なんだ、神堂春って」
父さまのことを熱っぽく語る部長の顔を見る。
そういえば、部長って教室にいるときはもの静かなのに部活じゃ生き生きしてるし、アタシに教えてくれる時もかなり熱血ってカンジで。
部長ってこんな風に話すんだぁ、と、妙なところに目がいった。
すると、アタシの視線に気が付いたように、部長はハッと目を瞬かせて顔を赤くして言った。
「あ……ご、ゴメン。
花音の前で知ったふうなこと言っちゃったな」
「いえ! 父さまのこと、そんな風に見てくれる人がいるってものすごく嬉しいです!」
ものすごく嬉しかったから満面の笑顔が浮かんで。
すると、部長が驚いたように目を見開いたかと思うと、自分の熱血ぶりが恥ずかしかったのか、顔をさらに赤くした。
そんなに気にすることないのに。
そう思いながらアタシは部長に言った。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします!」
「あ…、あ、ああ、うん。 よろしく」
それからアタシはベースのプリアンプをセッティングし、今日の課題をこなし始めたのだった。