『花音-Kanon-』
□ひとかけらの記憶
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花音-Kanon-
ひとかけらの記憶
――――――私の心の底にある記憶のかけら。
それは、小さいときのもの。
「うわあぁぁぁん、ぱぱぁ、ままぁ、どこぉぉ…?」
広い広い公園で迷子になってしまった私。
どんなに走っても、どんなに叫んでも、周りは知らない人ばかりで父さまと母さまの姿は見えない。
「ひぐっ…ひぐっ……ぱぱぁ…ままぁ……」
もう声も出ないほど、ただ泣きじゃくりながら歩くだけだった。
この世にたった一人だけのような気がして、絶望とも言える不安に陥っていた。
でも、そのとき―――。
「花音…っ!!」
聞き覚えのある声がした。
涙で視界がぼやける中、目に飛び込んできたのは―――秋羅おじさま。
「うわぁぁぁん、あきらぱぱぁぁぁ」
幼い私は、そのとき『あきらぱぱ』と呼んでいた、秋羅おじさまの元に思いっきり駆けていく。
「花音っ! よかった…本当に無事でよかった……花音……花音……!」
秋羅おじさまは何度もそう言いながらギュッと私を抱きしめた。
いつも近くにいる人に会えた安心感で私はしばらく泣きじゃくるだけだった。
私が少し落ち着いたころ、おじさまは私を抱き上げて、父さまと母さまに連絡をした。
「……花音ちゃん、いた。 今、公園の東の池のほうにいるから………あぁ、じゃあ、そっちへ向かう」
秋羅おじさまは幼い私を抱っこしたまま歩き出した。
その歩くリズムが心地よくて、安心したせいもあってか、私はその腕の中でウトウトとし始める。
…………そして、幾時かして母さまの声で目を覚ます。
「花音ーっ」
秋羅おじさまに抱かれたまま寝ぼけ眼を擦って声が聞こえる方を向くと、心配そうに、でも、安心したような顔で母さまが駆け寄ってくる。
でも、母さまは私たちの近くに来ると躊躇うように立ち止まり、すぐに私を抱こうとしない。
その母さまの後ろから、少し遅れて、父さまの声がした。
「花音! 無事でよかっ……」
そこまで言って、私たちから少し離れたところで父さまは歩みを止めた。
―――涙を浮かべて申し訳なさそうに秋羅おじさまを見つめる母さま。
複雑な表情で横を向く父さま。
そして……寂しげに私を見る秋羅おじさま。
「…ほら、花音ちゃん、ママのところに行きな」
そう言って、秋羅おじさまは私を母さまに預ける。
母さまは私を受け取ると、小さな声で何度も「ごめんなさい」を繰り返す。
秋羅おじさまは、「もう迷子になるんじゃないぞ」と寂しそうに笑いながら私の頭を撫でて、くるりと向きを変えて歩いて行った。
何とも言えない空気の中に取り残された私たち親子。
そのとき私は、幼いながらも何かを感じずにはいられなかった―――。