『花音-Kanon-』
□そして、あるいていく(前編)
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花音-Kanon-
そして、あるいていく(前編)
―――いつの間にか部屋が暗くなり始めていた。
夕陽のオレンジ色の光が部屋に射し込み、陰影をくっきりと浮かび上がらせる。
長い告白だった。
秋羅おじさまへの想い、父さまへの想い。
そして、アタシへの―――。
「これが、全てよ。
確かに秋羅さんのことは好きだった。 でも……」
そう言って母さまは言葉を切り、俯く。
そして次に顔を上げた時には穏やかに微笑んで、言葉を続けた。
「春を愛してることを自分で認めたあの日から、私にとって本当の意味での幸せな日々が始まったの。
春を愛してることに気付いてからは、秋羅さんを見ても苦しくなることはなかった」
母さまは隣にいた父さまに微笑みかけ、そして手を差し出した。
父さまはその手に自分の手を重ね、そして、母さまをふわりと優しく抱いた。
「真実を知ることであなたには辛い思いをさせてしまったのは謝る。
けれど、あなたを産んだことは後悔していない。
もちろん、秋羅さんを好きになったことも、春に迷惑がかかると思いながら縋ってしまったこともね。
どういう始まり方であっても、私はいま、春と幸せな家庭を築くことが出来たと思ってる」
そういう母さまの顔は清々しいほどで、本当に幸せそうだった。
女優としてではなく、一人の母として、一人の女性として、本当に幸せそうで。
「だから、花音、あなたには出生のことで悩んでほしくない。
あなたが本当は秋羅さんの子どもであっても、春の子どもでもあることには違いないの。
この17年間、春はあなたを大切に守り、あなたの成長を喜び、あなたを愛してくれたのよ」
「母さま……」
「血が繋がらなくとも、花音とオレは親子でしかあり得ない。
キミが満面の笑顔を見せて、そして全権の信頼を寄せて、オレを父親として頼る姿は本当に愛おしくて仕方がなかった。
そしてそれはこれからもずっと変わらないだろう」
「父さま……」
母さまも父さまも、いつも通りの微笑みをみせた。
きっと、母さまには母さまの、父さまには父さまの葛藤があったに違いない。
でも二人ともそれを乗り越えてきたのだ。
お互いがお互いを思いやり、そして、二人で手を取り合って。
アタシもこういう運命の人と一生をともに生きていきたい―――と、少し感動していたとき。
「さて」
雰囲気をいきなり変えるように、母さまポンと手を叩き、そんな風に言葉を発した。