『花音-Kanon-』
□そして、あるいていく(後編)
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花音-Kanon-
そして、あるいていく(後編)
しばらく静かな時間が続いた。
おじさまは唇を引き結んだまま沈黙している。
グラスの中の氷が少し融けてカランと音が鳴ったとき―――おじさまは口元をふっとゆるめ、穏やかな笑みを浮かべてアタシの顔を見た。
「そのまっすぐな瞳は紫葵ちゃんにそっくりだね。
それに……キミを見てると、春がどれだけキミに愛情を注いでくれたかわかる。
普通の男なら、他の男の子どもと容認してても、自分の子どもと同じように愛情を注ぐことなんて出来ない。 それを春は……」
おじさまのその言葉を聞き、母さまがこの前言ってたことを思い出した。
弟の樹は父さまの子どもだから、普通ならアタシよりも樹のほうに愛情を注ぐのだけれど、父さまは分け隔てなく育ててくれたのだと。
それはとても恵まれたことなのだと。
確かに、兄弟喧嘩をした時も父さまは片方だけを叱るわけでなく、必ず両方の言い分を聞いてくれた。
その上で両方同じように叱ってくれてた。
疑う余地もないほど、父さまは『アタシの父親』だったのだ。
「……母さまも同じことを言ってました。
アタシ自身、今回のことがなかったら自分が父さまの子どもだってコトに何の疑いも持たなかったと思います。
それほど父さまは『父親』として自然だった。
その上で父さまがどれだけアタシと母さまを愛してくれているかがわかったから本当はそれだけでも充分だったんです。
だけど……」
それだけを言って、アタシは沈黙する。
その先を、聞きたかったことを、聞いた方がいいのか聞かない方がいいのか。
ココに来るまでの間、ずっと自分に問いかけていた。
だけど、聞かないままでいるとアタシはきっとどこかでつまずきそうな気がしたから聞くことにしたんだっけ。
それを思い出して、アタシは顔を上げて言葉を続けた。
「だけど、ふと考えちゃったんです……アタシはおじさまに…本当のお父さんに望まれて産まれたのかって。
そう思ったら、急に怖くなった。
だから聞きたかった。
……おじさまはアタシの誕生を少しでも喜んでくれましたか?」
アタシの問いかけに、秋羅おじさまは再び沈黙する。
息苦しくなるほどのその沈黙の果て、おじさまは淡々と話し始めた。
どんなに破格な好条件を提示されても断固として他の歌手をプロデュースしなかった父さまが、突然母さまと一緒に仕事をし始めたことによりゴシップ記者がうろつき出したこと。
その中に過去ユミカさんの事件を記事にしていた記者がいたこと。
母さまから少しだけ聞いた、あの事件の話も、ときおり悔しそうに拳を握りしめながら話してくれた。