『花音-Kanon-』

□番外編・花音ちゃんのお願い
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爽やかな風の吹く、ある初夏の日。
JADEとのコラボ曲をレコーディングするために、紫葵ちゃんは娘の花音ちゃんを連れてNYのとあるスタジオにやってきました。


紫葵
「ごめんなさい、今日に限ってベビーナーサリーに行くの、嫌がって…」

夏輝
「うん、春から聞いた。 オレたちは終わったから、ボーカル録りの間、見とくね」

紫葵
「ありがとうございます。
 じゃ、花音、みなさんの言うこと、ちゃんと聞くのよ?」

花音
「はぁーい。
 なつぱぱ、だっこー」


花音ちゃんは元気いっぱいに笑顔でお返事をして、"なつぱぱ"こと、夏輝さんに抱っこをせがみます。
生まれたときからJADEのメンバーとは一緒にいるので、まったく人見知りしません。


紫葵
「言うこと聞かなかったら、どんどん叱って下さいね」

夏輝
「はいはい。
 ……ほら、花音ちゃん、ママに行ってらっしゃい、は?」

花音
「まま、いってらっしゃーい」


そうして、花音ちゃんのことが気になりながらも、紫葵ちゃんはダンナサマである神堂さんの待つレコーディング・ブースに向かうのでした。

さて、夏輝さんにひとしきり遊んでもらった後の花音ちゃん、今度はドラムの調整をしている冬馬さんの背中に飛び乗ります。


花音
「とーまぱぱっ」

冬馬
「おわっ…と。 花音ちゃん、重くなったなー」


突然のことで驚いた”とーまぱぱ”こと冬馬さんですが、花音ちゃんの突進にはびくともしません。

そんな冬馬さんの背中におぶさられながら、花音ちゃんはずっと考えていたお願いごとを冬馬さんにすることにしました。


花音
「かのんね、とーまぱぱにおねがいがあるの」

冬馬
「ん? なに??」

花音
「あのね、とーまぱぱにね、はるぱぱ『めっ』してほしいの」

冬馬
「どーして?」

花音
「はるぱぱがね、まま いじめてたんだよ?! だからなの!」

冬馬
「えー、春はママをイジメないでしょ」

花音
「いじめてたの!
 かのんね、おへや まっくらになって ままと はるぱぱが いなくなっちゃったから さがしたの。
 そしたらね、ままね、おふろで ないてたの」

冬馬
「お風呂で?」

花音
「あさね、ままの おうたの れんしゅうのとき、はるぱぱ、まま おこってたの」

冬馬
「あぁ、ママ、新しいお歌、歌うんだもんね」

花音
「そーなの?
 でね、はるぱぱも いっしょに おふろにいたの。
 だから、かのん、とーまぱぱに はるぱぱ 『めっ』してほしいの」

冬馬
「???
 ……ちょっ、なっちゃーん、通訳ー」


順序を追わない花音ちゃんの説明に、困惑する冬馬さん。

冬馬さんは助けを求めるべく、夏輝さんを見ますが、夏輝さんは顔を赤くしていました。


夏輝
「……それ、午前中は新曲のボイトレしてたって話と、夜中に浴室で…えーっと、ヤってたこと言ってんだろ?
 ボイトレの件はともかく、浴室の分は、花音ちゃんには春が紫葵ちゃんをいじめてたように見えたんじゃないかな?
 だから、冬馬に春を叱ってくれってことだと思うんだけど」

冬馬
「え…? そーなの?
 …つか、なっちゃん、今のでよくわかったなー」


夏輝さんの解説に、冬馬さんは目を見開いて感心しています。

それから、夏輝さんは花音ちゃんの目線の高さに合うようにしゃがんで言いました。


夏輝
「花音ちゃん、春パパは怒ってたんじゃなくてママがお歌をもっと上手に歌えるように注意してただけなんだよ」

花音
「でも、おふろで まま 『えーん』って ないてたもん。
 だから はるぱぱ おふろで まま いじめてたんだよ」

夏輝
「う…」


順序を追わないとはいえ、花音ちゃんのまっすぐな言葉にその時の状況を想像して顔を赤くする夏輝さん。

次の言葉が言えません。

すると、今度は冬馬さんが口を開きました。


冬馬
「それはねー、いじめてるんじゃなくて……」


そこまで言って、冬馬さんはふと考え込みます。


冬馬
「……いや、ある意味いじめてんのか?」


真剣に考え込んだ顔で言う冬馬さんのその言葉に夏輝さんは焦って冬馬さんの頭を"パシッ"。


夏輝
「冬馬っ!
 ……か、花音ちゃん、それはさ、いじめてるんじゃなくて、仲良しこよししてるだけなんだよー」


夏輝さんがそう言うと、冬馬さんはニヤニヤしながらすかさず言います。


冬馬
「そーそー。 とーってもアツく…ね。 来年あたり、花音ちゃんに弟か妹が生まれてたりして?」

夏輝
「冬馬っっ!」


夏輝さんは冬馬さんの口を塞ぎますが一足遅く。

花音ちゃんは目をキラキラさせて言いました。


花音
「かのん、いもーと が いいっ」

夏輝
「え?」

花音
「かのん、みおちゃんとこみたいに いもーと ほしいっ!
 とーまぱぱ、はるぱぱが もっと まま いじめて なかよしこよししたら かのんちに いもーと うまれる?」

冬馬
「……へっ?」

花音
「かのん、はるぱぱに まま もっといじめて なかよしこよししてって いう!」

夏輝
「冬馬っ、どーすんだよ?!」

冬馬
「……あれ? 余計なコト言っちゃった…?」


意気込みいっぱいの花音ちゃんに冬馬さんは苦笑い。

そんな会話がされていたとも知らずに、ボーカル録りを終えた紫葵ちゃんが花音ちゃんを迎えにスタジオに足を踏み入れます。


紫葵
「花音、いい子にしてた?」


紫葵ちゃんがそう声をかけると、花音ちゃんはママの元に駆け寄っていきました。

その様子を苦笑いしながら見ている、夏輝さんと冬馬さん。

二人の様子に、花音ちゃんが何か迷惑をかけたのかなと紫葵ちゃんは思案顔。

そのとき、花音ちゃんが口を開きました。


花音
「うんっ。 かのん、いいこにしてたよ。
 あのね、まま。 はるぱぱと もっと なかよしこよし して?」

紫葵
「え? なかよしこよし……?」


花音ちゃんの突然の"お願い"に紫葵ちゃんは何の話だか見えずに首をかしげます。

そのとき、冬馬さんはこそこそとドラムスの調整を始めました。


花音
「とーまぱぱ、いってたの。 ままと はるぱぱが なかよしこよししたら かのんちに いもーとが うまれるって」

紫葵
「! 冬馬さんっっ」


どんな話をしていたのかだいたいの想像がついた紫葵ちゃん、顔を真っ赤にして、大声で冬馬さんの名前を呼びます。

と、ちょうどそのとき、神堂さんが少し驚いた顔で入ってきました。



「……紫葵、どうした? 大きな声を出して」

紫葵
「は、春」


"はるぱぱ"こと神堂さんの声に気付いた花音ちゃん、今度はパパのもとに走っていきます。

自分の足元に駆け寄ってきた我が子・花音ちゃんを神堂さんは微笑みながら抱き上げ、「いい子にしてたか?」とその頬にキスをしました。

花音ちゃんは、紫葵ちゃんに言ったことと同じことを神堂さんに言いました。


花音
「あのね、はるぱぱ。 かのん、いもーとが ほしーの。
 はるぱぱが おふろで まま いっぱい いじめて なかよしこよし したら かのんちに いもーとが うまれるんでしょ?」


「……誰が言った?」

花音
「とーまぱぱ!」


にぱっと満面の笑顔で答える花音ちゃんに神堂さんは苦笑します。

冬馬さんは気まずいと思ったのか、「ちょっとタバコに…」と出て行こうとしました。

が、そんな冬馬さんに聞こえるかのように、神堂さんは普段よりも大きな声で臆面もなく次のセリフを言いました。



「……花音、パパとママはもうこれ以上出来ないっていうくらい毎日いっぱい『仲良しこよし』してるんだ」

紫葵
「は、春っっ?!」


「だから、今度は、花音がいっぱいいい子にしてたら神さまが連れてきてくれるかもな。 …花音、出来るか?」

花音
「うんっ、かのん、いっぱいいいこにしてるーっ」


「……だ、そうだ。 紫葵、真剣に二人目を作るか」


そう言いながらその指先で紫葵ちゃんの頬をスッと撫でる神堂さん。
紫葵ちゃんはそのしぐさに思わずドキッ。


紫葵
「春……。
 ……って、いま、こんなところで言うことっ?!」


一瞬、神堂さんの真剣だけど優しい瞳に見惚れた紫葵ちゃんですが、はたと気づき、焦りまくってそう言うと、神堂さんはその様子さえ愛おしいとばかりに笑みを浮かべます。

―――初夏の香りを運んできた爽やかな風が部屋に入ってきても、一気に室内温度が上がったと感じたJADEのメンバーでした。


♪おしまい♪

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