きまぐれ猫とキセキ。
□side You
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ここが黒子のバスケの世界だと知ってから何日かした日の朝。少し遅めに学校についてしまい、千代ちゃんと会うこともなく、一人で教室に続く廊下を歩いて階段に向かっていると、階段まわりに不自然に人だかりができているのが見えた。
耳を澄ませて声を聴いてみると、階段の上のほうに有名人がいるらしい。なんと迷惑な。今から上に登らないといけないんだけど。通りたくないなぁ。なんて思いながらも、教室に行くにはもうそこの階段を上るしか仕方がないので渋々その黄色い声が響き渡る階段を上り始めた。にしても煩い。上るごとに声が大きくなってる。あー耳が痛い。
一時間目授業何するのかなーなんてどうでもいいことをぼーっ考えつつ一歩一歩、一段一段さかさかと階段を上っていくと、黄色い声を発している集団の姿が確認できるところまできていた。
階段の踊り場にいたのは、すごい数の女の子に囲まれてちょっと困った笑顔を浮かべた金髪長身の男の子。周りの女の子より頭一つ分は確実に大きい。へたすれば二つ。
踊り場に所狭しと押しかけている女の子たちに聞こえないように一つため息をつき、どこか通れるところはないかと探す。ぎりぎり一人通れるぐらいの隙間を見つけ、続きの階段を上ろうとしたけど、通り抜けることはできなかった
「こ!こっち見た!!」
「え、」
「わ、きゃ!」
その有名人と目が合ったらしく興奮した女の子が急に動き、ちょうど後ろを通ろうとした私にぶつかったから。
私の体はそのまま、今しがたのぼってきた階段を落ちようとしていた。
あ、これはヤバい。
冷静にそんなことを思いながらも体は重力にしたがってどんどん傾いていく。回避不可能だと判断した私は、来るであろう衝撃に耐えるためにぎゅっと目をつぶって体を固くした。
聞こえてくる悲鳴もそのままに、私の体は温かいものにつつまれた。
「……?」
ぬくもりに包まれている自分の体に疑問を感じた私は、そろりと目を開いた。一番に目に飛び込んできたのはキラキラ光る金髪。
え、もしかしてだれか庇ってくれたの?
「…っ、てぇ……」
その金髪がゆっくりと体を起こし、痛みに顔をしかめながらも自分の腕の中に閉じ込めていた私の顔を覗き込んで微笑んだ。地味に顔が近いとか周りから黄色い悲鳴が聞こえるとか、そんなことは気にしていられない。
「大丈夫っすか?」
「わ、わわ、腕!赤くなってる…」
「、え?あぁ、これくらい大丈夫っすよ、それより、ケガとかないっすか?」
「あ、大丈夫で、って、違う!ちょっとそこにいて!」
「?」
私をかばってくれたのはさっきまで女の子に囲まれていた男の子だったみたいで、自分ことは置いといて私の心配をしてくれた。でもそんなことより先に腕だ。
私は走りながらポケットを探り、運よく入っていたハンカチを握りしめて近くのトイレに駆け込んだ。手早く濡らして軽く絞り、再び金髪少年の元に駆けた。しかし少年の周りはまた女の子でいっぱいで、かきわけて進まなければならなかった。
「ちょ、っとごめん!」
「あ、」
「腕!見せて」
「あ、はいっス」
失礼だとは思いつつも女の子を押しのけ、座ったままの金髪少年のすぐそばに座り込む。素直に差し出された腕を見ると、やはり赤くなっていて思わず顔を歪ませた。できるだけ痛くしないようにそっと赤くなっている個所に濡らしたハンカチをあてる。息をのむ声がして、勢いよく顔を上げると、バツの悪そうな顔とかち合った。へらりと笑う少年に罪悪感が募りつい俯いてしまう。
「ごめんなさい、ケガさせちゃって」
「そんなに痛くないし、気にしなくていいっすよ!それにこのくらいほっといても治るし…」
「ダメ、絶対後で保健室行って」
え、という彼に小さいケガでもほっといたらダメ。ちゃんと治療しなきゃ。とまっすぐ見つめて言うと、ちょっと苦笑した後わかったっす、と言ってくれたので安心して頬が緩んだ。
「……」
「あ、そうだ」
ふと思い出してきょろりと辺りを見渡すと、青い顔をしてこちらを見つめている女の子と目が合った。その瞬間ビクリと肩を震わした女の子に苦笑を漏らし、ゆっくりと立ち上がって近づく。悪いことをした後の子供のような(いや、子供なんだけどね)姿勢の彼女にさらに苦笑がこぼれたが、安心させるように優しく語りかけた。
「大丈夫、大したケガじゃないよ。私もケガしてないし、責任感じなくていいから」
「で、も…私が…」
「いいの」
そろりと顔を上げた彼女に大丈夫、と言うように笑みを向ける。
さて、そろそろ時間もやばいだろうし教室行こうかな。
自分のカバンを探して周りを見渡すと、目の前にずいっとカバンが差し出された。行動の主を見るために視線を上へやると、呆れた顔をした親友がいた。
「千代ちゃん」
「アンタ何やってんの?すごい騒ぎじゃん」
「ちょっと階段ふみちがえて落ちちゃって」
「…はぁ」
しっかりしてるのか抜けてるのかよくわかんない。とぼやいている千代ちゃんに苦笑しながら、カバンありがとうと言ってカバンを受け取る。ちらりと周りを見ると時間が時間なのでみんなパラパラと各自の教室に帰ろうとしている。いこー、と言いながら教室のほうに向かって歩き始めている親友の後を追うために足をむけようとするが、思いとどまって踵を返す。
立ち上がって埃を払っている少年のそばまでパタパタと駆けよって声をかける。
「庇ってくれて本当にありがとう。おかげで私は無傷だったけど…」
「オレが勝手にやったことだから気にしなくていいっすよ」
「…そっか、ほんとにありがとう。じゃ」
「あ、ハンカチ」
「あー、あげる。心もとないけど保健室行くまではそれで冷やしてて」
いらなかったら捨ててもいいから。と言い残して親友の後を追うために駆けだす。チャイムが鳴るまであとちょっと。はやくいかないと遅れる。
「…あ。名前聞くの忘れた」
お礼しようと思ってたのに…。
誰に言うでもなく呟く。
しかし再会の時はそう遠くない未来に訪れる。
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