きまぐれ猫とキセキ。

□猫とキセキの非日常の始まり。
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日常とは、ある日突然消え失せるもの。








……あれ。私、何してたんだっけ



ぼやけた視界にうつるのは、先ほど通り過ぎたはずの道と自分の右手。肌に触れるヒヤリと冷たい感覚から寝そべっているのだということがわかる。
とりあえず状況を把握するため、記憶を遡ってみることにした少女は微睡んでいる頭を回転させる。



今日は大学の入試で、テスト受けて、全部終わったから家帰ろうと思って、信号を……



徐々に思い出される記憶と共に、頭に流れる映像。

青になる信号。確認して足を踏み出すと自身の右脇を駆けていく幼い少女。その少女にむかって走ってくるシルバーの乗用車。胸を押さえている運転手。聞こえる無数の悲鳴と動き出す自身の脚。掴んだ細い腕と抱きしめた小さな体の暖かさ。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
遠退く意識。

結論は、一つ。



あ、そっか。轢かれたんだ、私。



自覚した途端に体がズクリと痛み、重くなる。視界には相変わらず道。それと、自身から流れ出たであろう赤。
それを見ても不思議と冷静な少女は、自身が抱きしめたはずの小さな少女を探した。



あの子、大丈夫だったかな。思わず抱きしめたけど…今思えば突き飛ばすとかした方がよかったよね……。



眼球を懸命に動かすと、自身の傍らに泣いている少女とその少女の母親らしき女性の姿が見えた。かすかに、お姉ちゃん、と呼んでいる少女の声と、ありがとう、と言う女性の声が聞こえる。
泣かないで、と伝えたかったが、声は出ない。かわりに頬の筋肉が緩んだ。

周りの喧騒が、やけに遠くに聞こえる。

自身のことは自身が一番よくわかる。少女は悟った。
薄れゆく意識の中、頭に浮かぶのは大切な人達。



お母さん、心配してるかな。私の好きな物作って、待っててくれてるのに。
お父さんも、今頃ソワソワしてお母さんに怒られてるんだろうな…。
友達とも、家族とも、もっといろいろしたかったな……。
勉強も、せっかく頑張ったのに。結構手応え、あったんだけどな。これから大学でいろんなことやろうと思ってたのに……。


もっと、生きたい、なぁ…





少女の意識は、一度そこで途切れた。



*****






意識が彼女にかえってきたとき、見えたのは白だった。
いつもと違う感覚の体に違和感を覚えつつも、あれだけの事故にあったら仕方ないと自分を納得させ、生きていたという事実に安堵のため息をもらした。
しかし、自分のものとは思えないその声に少女は耳を疑った。

同時に廊下から聞こえてきた足音が慌ただしく少女のいる部屋のドアを開けた。
息をきらせてこちらを見る男性は少女を見て安堵の表情を浮かべた。

「〜〜っよかった……!葵さん…っ産まれたんだね!」


産まれ……。え?


「女の子よ。見て」


誰!?


「可愛いなぁ……僕の、僕等の子供なんだね」


どーゆーこと?ん?私、轢かれたんじゃ……え?


「もう、洸さん、泣いてるの?」

「そりゃ泣くよ!…抱いてもいい?」

「ふふ、どうぞ」


ぅわっ 浮遊感…!えっ自分手ちっさ!うっわ!!赤ちゃん…赤ちゃんだ!!


「ぅ、わぁ……小さい…。こんにちは、お父さんだよ。産まれてきてくれてありがとう、凪」

お、父さん……?え、じゃあこちらは…

「お母さんよ。凪、こかれからよろしくね」


…………え!?、え!!?








二人が私の"お父さん"と"お母さん"だと理解するのに時間はあまりかからなかった。

つまり私は、あの事故で命をおとして一度終わった。
そして、いわゆる前世の記憶、をもったまま転生した。ということ、なの、かな。うん。




そして今日、私は中学二年生になった。





「おはようお母さん、朝ごはんできてるよ」

「ありがと凪。ほら奏、悠哉お皿出して」

ファッションコーディネーターの母、葵(あおい)

「ハーイ」

一つ下の双子の兄弟、悠哉(ゆうや)と奏(かなで)

「皆おはよう」

医者の父、洸(あきら)

「あ、おはようお父さん。できてるから座って」

そして私

「ありがとう凪」

「おはよう洸さん」

「お父さん/父さんオハヨー」

「二人とも、遅刻するよ」

「ヤベっ!奏、早くしろって!」

「ちょ、えっもう!?悠哉時間戻して!!」

「いや無理だし!!」

「これお弁当。もうちょっと時間あるからしっかり制服着なよ。入学式なんだし」

「ありがと姉ちゃん!ちょっと待ってて!」

「ありがとーお姉ちゃん!一緒にいこーね!」


前世にはなかった賑やかさを持つ家庭で、私は第二の人生を歩みはじめた。
この人生をたいせつにするために一つ、決めたことがある。


この日常を大切に、目立たず生きよう。

静かに、フツーに。









しかし、この決意は、中学一年の終わりまでしか続かなかった。






「凪っちー!おはようっス!」

「……何でこうなったのかな」

「どしたの?凪ちん」

「どうしました、凪さん」

「いや、別に……」

「凪ちゃーんっおはよ!」

「ぅわっ、さつきちゃん…」

「さつき、潰れるだろこの豆が」

「豆じゃないけど。」

「そんなちっせークセして何言ってんだよ」

「私が小さいんじゃなくて青峰くんが馬鹿デカイんでしょ」

「あぁ!?」

「やめるのだよ二人とも。朝から騒々しい」

「…悪いのはあっちだもん」

「それはそうだが……(だもんって……)」

「オイ緑間!!」

「うるさいよ、青峰」

「赤司くん」

「赤司……お前も…」

「それにこんなところで喧嘩なんかしてたら、目立つんじゃないのかい?凪」

「!!……私、先行くね」

「あ、凪っち!一緒に行こうっス」

「うん、いいよ……あ。やっぱダメ」

「え!?何でっスか!」

「目立つから。じゃ」

「ちょ、待ってほしいっス―!!」



この、キセキの世代たちとの遭遇によって。






猫とキセキの非日常の始まり。



私は、目立たず静かに生きたかったのに。




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