NOVEL(etc)

□貴方が愛を欲した訳もきっとソレと同じでしょう?
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「さぁ、何故なんでしょうね」



俺の問いかけに彼はそう言って
あの困ったような、照れたような顔でヘラリと笑った







けたたましく蝉が鳴いている中で、それにもかき消されない音があった

ガリガリガリガリ
シャーペンがノートの上を引っかくように、彼が数字を書き殴り白い紙を埋めていく音と
時々聞こえる紙を破り捨てる音
紙面にかじり付くみたいに丸められたら背中、一心にただただ数式を見つめる真っ直ぐな視線を見て思った

この気弱そうな青年の一体どこにこんなにも力強く、真っ直ぐなモノが在るのだろうか
なぜそこまで直向きに、数学と、いや、たった一つのものと向き合えるのだろうか



日本の蒸し暑い気候の、風通しが良いように作られた、しかし暴風により更に風通しがよくなってしまった実家の縁側で
侘助は何時までも止まない蝉の鳴き声にうんざりしながら
畳の上で一心不乱にノートに数字を書きなぐる青年を見て疑問に思った

かれこれ自分が畳の上に座り込む青年を見付けて30分は経っただろうか
しかし自分が見つけたときにはすでに青年――――小磯健二の周りには
役目を終えたらしいレポート用紙が何枚も散らばっていた
一体何分、下手をすれば何時間、彼がここでこうしていたのかは分からない


ガリガリガリガリ
ガリガリ
・・・・ガリ

段々とシャーペンの音がスピードと勢いを緩めてきた



「・・・・出来た」



次に聞こえたのは詰めていた息を吐き出すような、満足具な言葉と
シャーペンが転がる音だった



「ゴクローサン」



そう声をかけると彼はこちらに気付いたようで
ビクリと肩を揺らして勢いよくこちらを振り返った



「侘助さん!」



えっと、何時からそこに・・・・と言う健二に
侘助はさぁな、と答えをはぐらかした



「あの・・・・何か用事ですか?」



そう侘助に聞いてくる健二に
侘助には先ほど頭を過ぎった疑問を思い返した

ラブマシーンの製作者だからだろうか
侘助も意識欲はそれ人より強い気がする
いや、知識欲が強い侘助だからこそ、ラブマシーンを作りえたのだ、と言う方が正しいのかもしれない
まあ、知りたい知識がそこにある、今はそんなことはどちらでも良い

侘助はこちらを真っ直ぐに見ている健二に視線を合わせた



「なぁ、何で君はそんなにも数学に夢中になれる?」



ポロリと落とされた侘助の疑問に、健二は目を見開くと
しばらく考え込むようにしてからぽつりと言った



「さぁ、何故なんでしょうね」



俺の問いかけに彼はそう言って
あの困ったような、照れたような顔でヘラリと笑った


それは侘助が求めていた答えではなかった
侘助が少し眉を寄せると、健二はまた困ったような風に笑うのだ



「僕にとって数学は海みたいな、空みたいな、宇宙みたいなものなんです」



広く広く広がるもの、果てはあるけれど、それは自分では確かめようもなくただ広く広がる果てもないも無いもの
少年は散らばるレポート用紙を一枚一枚集めながら囁くように続けた



「そこで答えを求めるのはとても大変です」



それはその海が広ければ広いほど
その空が高ければ高いほど
つう、とその指が書き殴られた数字をなぞりながら歌うように彼は言葉を続けた



「でも答えを探してるとき、僕はその広い広いソレの中に在れます答えを見つけ出した時、ほんの一瞬でもソレは僕のモノです」



キラキラと、子供がおもちゃに夢中になるような目で、彼は言った



「宇宙みたいに広い場所を手探りで、たった一つ探すんです」



「見付けた時の、手には入った時のあの感覚が、きっと僕は手放せないんです」



ふわりと、優しく愛おしげに紙の束を抱えて彼は笑っていた
俺はただぼんやりと彼を見ていた

彼の言葉に当てられたらのかもしれない
侘助の耳には彼の声しか入ってこない
(あのけたたましい蝉の鳴き声もどこか遠い)
侘助の目には彼の姿しか入ってこない
(彼以外はまるでモノクロのように色味を帯びない)

そうだ全て彼の瞳と言葉と雰囲気に酔ってしまったのせいなのだと侘助は頭の片隅でぼんやりと思った
だから、



「それが、理由です」



『あなたも、そうだったでしょう』



彼の声が、彼の問いかけの意味が分からないふりをした
俺は何もわからないふりをした






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『貴方が愛を欲した訳もきっとソレと同じでしょう?』




数学に関わるとちょっと不思議ちゃんになる健二さんと
本心を知られるのが苦手な侘助さん
実は似たもの同士な二人







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