NOVEL(etc)

□お菓子の家を焼き払え
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気紛れ、いや
・・・・偶然、だった

たまたま軽い任務のりにふらりと立ち寄った街の
たまたま目に入った店のショーウィンドウ
その隅に飾られた、シンプルなデザインのルージュ



(あ、これは)



そう思ったのが、思い出したのが、いけなかった






まだ家族が、当たり前に在った頃
まだ、唐突に大切なものを失う理不尽さを知らなかった頃


俺は確か母さんに用事があったか何かで母さんの部屋に入った時だった
母さんは鏡の前で化粧をしていて
俺は母さんが持っていた綺麗な赤のソレに俺は興味を引かれた
母さんはそんな俺にやっぱり女の子ね、と笑って薄くルージュをひいてくれて

確かそれがとても嬉しくて、そんな俺を見て母さんは
次の俺の誕生日に同じものをプレゼントしてくれると約束してくれた
ライルには内緒よ、と悪戯っぽく笑う母さんに
俺はうん、と笑って小さな声で約束だよ、と繰り返した



遠い日の、思い出の
その時のものと同じデザインの、ルージュ
シンプルなシルバーの入れ物に収まった綺麗な赤色のそれが目の前のショーウィンドウに飾られていた



(結局、母さんとの約束が叶えられることは無かったけれど)


母さんが愛用しているものだったからか
母さんが初めて俺につけてくれた女の子らしい思い出のモノだったからか
俺はそのデザインをはっきりと覚えていた



(あの約束は、ルージュよりも真っ赤で毒々しい炎にまかれてしまって
約束を交わした人すら、俺から奪っていったから)



懐かしさについつい俺の足は店の中に吸い込まれて、銀のフォルムのそれに手が出てしまっていて
半ば無意識だったのか、知らず知らずにもう守られることもない約束を思い出していたからなのか
それを買ってしまっていた



(どうするかねぇ・・・・)



買ってしまったのはどうしようもないとして
誰かにあげるのは何と無く憚られたし、あげたとして理由を聞かれれば答えられない



(まさか男で通してる俺がつける訳にもいかねぇしな・・・・)



女装趣味のレッテルを張られるのは御免蒙りたい

ロックオンは暫し小さな袋に入れられたそれを掌で持て余していたが
それを袋から取りだし、再度眺めると小さく笑った



掌の中のソレが
未だに自分が手放すことが出来ない家族への執着の塊のようで
どうしようもない、と天を仰いだ








『お菓子の家を焼き払え』

キャンディみたいな甘い思い出とビターチョコみたいな苦い現実
帰りたい家も無くしてしまったのなら、ほら!








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